盛岡タイムス Web News 2012年 7月 6日 (金)

       

■ 〈学友たちの手紙〉83 八重嶋勲 今は一枚の反古、一冊の本も無

 ■116巻紙 明治三十六年一月四日付

宛 紫波郡彦部村大巻 野村長一様
発 盛岡市肴町 阿部秀三

拝啓昨夜ハ失禮仕候、
陳者突差ニ御依頼申上候も如何之次第ニ御座候得共、故従弟哲三氏之遺稿として嘗て貴兄方之御編纂ならせられ候事有之候ひしと記憶致し居候、然る處先頃来より叔父参り遺稿其他當時所持致し居候、書籍なとは他の人々より望まれ、今は一枚の反古、一冊の本も無之、今ニ至り其當時を繰返し反古にても書あつめ、いさゝか、慰めたしと(の)事にて、折角依頼ニ相成候ニ付ては、若し貴兄御手許に其節の御編纂ものあらせられ候はゝ暫時拝借仕度、御手許にあらせられずも候はゝ、御所持之仁へ事情御はなし被成下、何方御拝借御願被成下間敷候哉、懇願仕候、繰事なから事情御憫察よろしく願上候、実は嘗て小生も拝借写し置き候ものも有之候得共、半にして擱筆候得者、今更遺憾に存居候得共、猶拝顔の節申上候得共不取敢御願申上候、匆々拝具

丗十六年一月四日                      阿部拝
野村長一様

 【解説】阿部秀三は、盛岡中学明治32年卒業であるから三級上。従弟阿部哲三は、同学校を明治34年卒業(?)であるから、長一の一級上、長一が一学年の時は同級であった。

  明治33年9月7日付、後藤清造のはがきに「阿部哲三の葬式に加われぬことは終生の遺憾である」と伝えている。死去した故従弟哲三氏の父がきて哲三の遺稿、書籍などを探しているので、かつて長一が編集した、例えば「六〇五」の原稿などが残っているとすれば拝借したいという、手紙である。

  哲三のはがき一通が保存されている。「明治三十一年八月六日付 宛 紫波郡彦部村大字大巻長澤尻 野村長四郎方 野村長一様、発 盛岡市仙北町組町 阿部哲三拜 拝啓貴家逗留仕候間は、種々御懇情ニ與リ万々奉鳴謝候、小生も無恙五日午後五時帰宅仕候間、御休神被成度、追而貴君御帰りの節は舟場まではなほ舟を渡せしにや如何ニ一寸伺上奉リ候、早々 八月六日午前」であり、夏休み中に、長一の家に何日か泊まったことがわかる。

  このように親交があったのに、はがき一通しか残っていないのは実に不思議である。あるいは、この求めに応じ、阿部哲三の手紙類も全部渡したのかもしれないとも思われる。


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