盛岡タイムス Web News 2012年 7月 25日 (水)

       

■ 〈口ずさむとき〉291 伊藤幸子 セミたちの朝

 病む父に朝勤行の四時告げぬうしほのごとくひぐらしの鳴く
                               斎藤絢子

  セミ、というと私はまっ先にこの歌を思う。作者は昭和14年茨城県生まれ。「四十五年足なえを支へくるるもの食よりも短歌よりも飼ふこの兎」とも詠まれ、松葉杖をつきながら生家のお寺さんで今も澄んだ歌境を詠んでおられる。「病む父に朝勤行の四時告げぬ」という一日の始まり。私がこの歌を記憶したのは30年も昔だったか。

  国道6号線沿いの太平洋岸の町に4年間住んだ。日立市の北方で、大手製紙会社の立地する小市で、後年会社が撤退し、NHK朝のドラマ「梅ちゃん先生」の戦後風景のモデルになっていてびっくりした。かつて経済成長期の企業門前町は、隆盛を象徴するかのような雲をつく紅白縞のえんとつの下、5階建のまっ白いアパートが林立し、その庭は自動車展示場のようにマイカーが光を弾いていた。

  いつの世も、すぎてから見えてくるのが歴史であり、自然の脅威に身動きがとれなくなったりもする。エネルギー革命が叫ばれ、宇宙開発が進み、バラ色の未来であったはず。

  私は、あの高浜地区の海沿いの4キロ余りの小学校の通学路が好きだった。松林では早くからセミが鳴いた。先ごろ、故日高敏隆さんの「セミたちと温暖化」の本を読み返した。日本で初めて動物行動学という研究分野を打ち立てた方。どの章を開いてもひたすら地を這う虫やカラスやカエルの会話がきこえる。

  たとえばハルゼミの項。「ハルゼミの鳴き声はヒグラシのように遠くまで響く声ではなく、ミンミンゼミの力強さでもない。エゾハルゼミはもっと奇妙だ。ミョーキン、ミョーキン、ケケケ…と、実際こんな風に鳴くのである」。そして「昔、明欽というお坊さんが、空からミョーキン、ミョーキン、死ね死ねという声を聞いて悟りを開いたという話がある」との解説。なんというおかしさ!ハルゼミは松川温泉郷では盛夏でも鳴いている。「カラララミーンミーン」と鳴くと標準語の本には書いてあるが私はやっぱりミョーキンさんが好きだ。

  いっぱい笑ったあと、しんと考えさせられる章。小鳥の活動は昼夜の光周期によって決まるという。ところが多くの昆虫は地温が高いと目ざめるので、夜明けが早くなっても寒い春はエサ探しに苦労するらしい。ことしはセミたちの活動が遅いようだ。茨城のお寺さんではどうだろうか。絢子さんの兎ちゃんのご機嫌伺いをかねて今宵あたり電話をしてみよう。
    (八幡平市、歌人)


本ページ掲載内容の無断転載を禁じます
ホームページに関するお問い合わせ、取材に関する情報は
E-Mail:hensyuu@morioka-times.com
盛岡タイムス宛てにお願いします