盛岡タイムス Web News 2012年 8月 13日 (月)

       

■ 〈幕末戊辰随想〉8 和井内和夫 戊辰道中日記 はじめに

 ■はじめに

  今回ご紹介する日記は、東京にお住まいの田頭扶氏が所蔵しておられたもので、同氏のご先祖である盛岡藩勘定奉行田頭内蔵丞が、明治初年の戊辰戦争当時、藩命により各地を旅行した際に書き留めていたものである。

  仙台藩が当時スタートしたばかりの太政官制政府から会津征討を命ぜられた後の3月上旬に始まり、8月上旬に秋田久保田藩領に侵攻を開始した盛岡軍が、敗退降伏後盛岡に引き上げて来た10月上旬までの日記である。私的記録であるので精粗は定まらない点があるが、それ故にこそ臨場感に満ちた貴重な記録である。

  その内容を見ると、東北戊辰戦争、とくに盛岡藩が参戦する前の慌ただしい状況が手に取るようである。

  日記には奈良真令(注)の漢詩が添えられていたが、その内容はこの日記を読んでの感慨と、田頭氏の当時の東北の状況や仙台藩などに対する、鋭く冷徹な目と見識に対する賛辞である。

  なお解読は奈良の漢詩を含め岩手古文書研究会(会長横山衙氏)にお願いした。

  (注)奈良真令
  幕末の盛岡藩で重用された勘定奉行奈良養斎の長子、漢詩の名手として知られる。ちなみに父奈良養斎は尊王派と言われている。漢詩の日付は明治4年であるので盛岡藩が廃藩した1年後である。その頃になると、東北戊辰戦争の性格と実態や盛岡藩の去就について、同盟派・尊王派それぞれの立場で改めて論じられているので、奈良真令の田頭氏に対する高い評価は興味深い。


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