盛岡タイムス Web News 2012年 8月 26日 (日)

       

■ 〈ジジからの絵手紙〉18 菅森幸一 おっぱい

     
   
     

 戦時中の「生めよ殖やせよ政策」で、戦後は大勢の子どもたちが町中を走り回っていた。たいていの家では両親が仕事に追われ、弟や妹の面倒は年上の子が見るのが当たり前だった。歩き回り目の離せない弟妹の子守も一苦労だったが、赤ん坊を背負いながらの遊びも大変だった。遊びに夢中になってると背中の赤ちゃんの泣き声を聞きつけた母親に怒鳴られ、我にかえる事がよくあった。
  母親が仕事の手を休めオッパイをあげるために出て来ると、子どもたちの遊びも小休止で母親の周りに集まって来るんだ。今ではオッパイをあげている光景なんぞめったに見る機会はないが、当時は家の近所はもちろん、公共の場所等でも普通に見られた情景だったんだよ。
  田んぼのあぜ道で腰を下ろし母親が授乳している姿なんかは「これぞ平和だ」と言える風景だよね。母親の顔は慈愛そのもの、周りの子どもたちはどんなに忙しくても決して手抜きをしない母の愛情と「育まれる命」の実際をしっかりと目に焼き付けながら育ったんだ。
  そういえば、哺乳瓶なんてものはあまり見た事はなかったな。


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