盛岡タイムス Web News 2012年 9月 1日 (土)

       

■ 〈賢治の置土産〉278 岡澤敏男 モリスと「農民芸術概論」

 ■モリスと「農民芸術概論」

  小野武夫は社会主義者でも労働農民党のイデオローグでもなかった。農業史・農業経済史の調査研究を通じて農村問題・農民運動史へ視座をもつ一人の篤実な農学者に過ぎなかった。

  大正15年より法政大学経済学部講師(昭和6年に教授)就任するが、「米一升の力」を提言したのは同11年11月のこと、農商務省において永小作慣行について調査に従事していた頃のことで、まだ『永小作論』出版以前のことです。この著作を出版した翌年、大正14年(42歳)に東大より農学博士の学位を授与され小作問題の権威者として学界に地位が確立するのです。農夫出身と自称する農学者小野武夫だからこそ、「米一升の力」論の発想につながったものと思われます。

  この「米一升」拠出の背景には小作料米制度から金納制度へ移行する転換期の情勢があったものとみられる。小野武夫は金納制度の導入によって小作人の経営改善が推進されるという立場にあったし、間もなくその時期が到来すると予想していたとみられる。

  「米一升の力」を発揮するためには、予め全国の小作人200万人が共同化する必要がある。その上で米一升ずつ拠出して換金すれば60万円を得るから、年利6分として3万6千円の仕事ができる。これを5年継続すれば18万円の仕事ができることになる。すなわち5年以内に小作料の金納制度が到来するとの予想に立っている。この18万円は全国小作人の金納に引当てるのでしょう。そして小作料として納付せずに済んだ米は販売に供されるまで農業倉庫に預けるのです。

  政府が農村救済のため全国に設けた農業倉庫は富農や自作農だけが利用し小作農は指をくわえて見るだけだったが、小作農も初めてこの倉庫を利用するのです。倉庫に米を預託し、倉庫側から預証券を出させ、小作農はこの証券を担保として銀行または組合から小作料金の融通を受けるのです。そして在庫に預託した米は米相場の商機を得てから売却し立替小作料を支払うことになるのです。

  このように小作人は初めて農業倉庫制度との密接な関係が成立することによって、永年地主に隷属する身分だった小作人から独立企業者としての地位に進み得ることが小野武夫の考えの中心だったのです。弱小な小作農に夢をもたせたいと願う小野武夫が明治末から大正、昭和初期までわが国の文化人に影響を与えたウィリアム・モリスの『ユートピアだより』(明治20年代には『理想郷』と訳された)を手にしたことがあっても不思議ではない。

  近代の詩歌人が石川啄木の歌集『一握の砂』の世界にあこがれた経験があったように、明治・大正期に社会改革を志望する青年は、モリスの『ユートピアだより』によって社会思想・芸術論に大きな刺激を受けたといわれる。宮沢賢治もまぎれもなくその中の一人であったことは確かで、「農民芸術概論」「農民芸術概論綱要」「農民芸術の興隆」三部作のうち、「農民芸術の興隆」のメモにはモリスに共感する言葉をつぎのように記しています。

    Morris
    明らかに有用な目
    的
    休息自らの創造
    生産/時間の交易
    物は自ら造れ
    変化/能力の発展
    環境の楽しいこと
    好める伴侶のある
    こと

  ■モリスと「農民芸術概論」
  (「農民芸術の興隆」の手帳メモより)
 
「いまわれらには労働か 生存があるばかりである」ここには 「Wim.Morris 労働はそれ自身に於て善なりとの信条 苦楽 苦行外道 狐 トルストイ」

「芸術をもてあの灰色の労働を燃せ」
「芸術の回復は労働に於ける悦びの回復でなければならぬ Morris“Art is mans expression of his joyi labor” 
労働は本能である 労働は常に苦痛ではない 労働は常に創造である
創造は常に享楽である 人間を犠牲にして生産に仕ふるとき苦痛となる トロツキー」



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