盛岡タイムス Web News 2012年 9月 5日 (水)

       

■ 〈日々つれづれ〉137 三浦勲夫 ひまつぶし

 暇つぶしに何をするか?若い人ならビデオ・ゲームだろうか。パチンコという時代もあった。読書好きな人はよく、本を読めば眠くなってよく寝られるといったりする。

  自分の場合だと、暇つぶしに文を書くことが多い。あるいは歩くとか、走るとかだ。文はあてどなく何かを書いているうちに、新たな着想が出てくる。頭が回り、意識が活動し始める。20世紀前半、英米小説に「意識の流れ」を重視する一派があった。ジェームズ・ジョイスやヴァージニア・ウルフらがその中にいた。移り変わる人間の意識を追って、人物像や事件の推移を描いた。そんなことまで思い出す。

  文を書きだすと、意識も動きだす。やがて手頃なネタにぶつかると、活発に意識がそこに集中し始める。時間をかけていると何かしら成果が出てくる。そんなとき思うのは「時間をかける価値がある」という英語の熟語であったりする。「ワース・ホワイル・〜イング」。「ホワイル」は「時間」である。なるほど、アイデア発見は時間をかける価値がある。

  時の流れの中で確かに意識も変転するが、この世の万物も流転する。宇宙が生まれ、命が生まれ、進化し、多様化した。歴史も生々流転する。自分が置かれたこの瞬間も長い軌跡を描けば、自分を変えていく。変わる自分の一部として、文のアイデアも発展する。時間に運ばれて着想が育つ。万物を流転、変転させる触媒は時間である。

  無為の時間もある。そのような時間でも心を癒やし、体を癒やし、人をよみがえらせる。「暇つぶし」のこの文を書きながら、実は他にも気になっていることがある。意識はバイリンガル(二言語併用)である。手元の時計を見ると、ちょうど午後3時。きょうも盛岡は33度を超した。真夏日や猛暑日は1週間以上続いているが、それこそ暇つぶしに走ってきたいと思う。午後3時を過ぎれば、日差しは弱まるだろう。

  川土手では川風が吹いている。季節を通じて動植物が生きている。作物が成長している。時間の流れの中で動き、変化している。自分も年々変化してきた。川の流れも時間をかけて移動する。物の運動量は、質量、速度、時間の関数からなるとか。

  (ここで文章中断し外出)。川土手に行って、走って、戻った。暇つぶし、気晴らしである。あいにく雷が鳴り出し、小雨がぱらつきだした。長い直線を走らず、短い直線を行ったり来たりした。雨がひどくなったらすぐ車に入れる。意識は状況に応じる。大気は不安定で、南方洋上を台風14号と15号がゆっくり北上している。濡れないように足取りを速めて2・8`走った。雨が少し強くなり、走り足りないけれどやめたが、気晴らしはできた。何もしないよりずっといい。

  これも運動だ。質量と速度と時間。それが物質の運動量だった。しかし人間は単なる物質ではない。神経も、年齢も、意識もある。年齢の制約の中で行う運動、その後の充足感、肉体的蘇生、それらが運動から得られる。運動に時間をつぎ込めば、意識も若返る。

  時間に沿って有機物も無機物も変化する。宇宙の誕生は137億年前で、それ以来の継続変化である。有機体のエネルギーを燃焼し、メタボリズム(新陳代謝)を促し、新たな意識を与える。「暇つぶし」の文も一応まとまる。
(岩手大学名誉教授・元放送大学客員教授)


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