盛岡タイムス Web News 2012年 10月 13日 (土)

       

■ 〈賢治の置土産〉284 サキノハナという黒い花

 ■サキノハナといふ黒い花

  大正13年作成の童話「ポランの広場」は昭和2年に鉛筆で記述した「ポラーノの広場」の先駆稿といわれるが、「ポラン」の広場と「ポラーノ」の広場とはその広場の性格に著しい相違がみられる。「ポランの広場」の第三章を脚色した劇『ポランの広場』第二幕をファンタジーとよんだように「ポラン」の広場はファンタスチックな〈野原のなかの楽園〉という性格だったが、鉛筆書きの「ポラーノの広場」は羅須地人協会を開設して一年余の活動のなかから昭和2年に執筆したもので、イーハトヴの理想郷として未来を志向するユートピア的性格が脈動しているのです。

  この広場は農民芸術概論綱要の「農民芸術の綜合」に「ここは銀河の空間の太陽(系)日本 陸中国 の野原である」と位置づけられ、「白金ノアメ」が降りそそぐ未来社会を意味づけているのです。

  そして新しい広場の構築にはウィリアム・モリスの『ユートピアだより』に共感した賢治独自のユートピア思想が投影されている。その一つに農村の窮乏化の元凶として資本主義経済=商業的農業をとらえ、これを超えるユートピア社会には自給自足=物々交換の経済思想を必要として、羅須地人協会の会員にも冬季の事業に生産と交換の品目を指示したのです。

  また未来社会への過程とみなし労農党(稗和支部)を支援して「きみたちがみんな労農党になってから/それからほんたうのおれの仕事がはじまるのだ」(〔黒つちからたつ〕と昭和2年3月26日)とうたっています。そして〔労働を嫌忌する人たちが〕、〔あそこにレオノレ星座が出てる〕(昭和2年3月28日)や〔サキノハカといふ黒い花といっしょに〕(昭和2年5月3日)などの詩には社会主義的思想の片鱗がかいま見える。とくに〔サキノハカといふ黒い花といっしょに〕の詩には「サキノハカといふ黒い花としっしょに/革命がやがてやってくる/ブルジョアジーもプロレタリアートでも/おほよそ卑怯な下等なやつらは/みんなひとりで日向へ出た蕈のやうに/潰れて流れるその日が来る」という、革命の到来を予告して卑怯な反動者をじつに激しい口調で糾弾しているのです。

  しかし、これらの思想的な作品は、羅須地人協会の活動でさえ警察の監視の目が光る治安維持法の網を意識し「春と修羅 第三集」の束から外して「詩ノート」と表記された紙ケースに挟んでいたままだった。

  同様に秘蔵されて一般の目に届かなかった断章がある。それは「盛岡中学校校友会雑誌」から寄稿の依頼を受けて昭和2年に起草した下書稿の断章のことで「サキノハナといふ黒い花はといっしょに/革命がやがてやって来る/それは一つの送られた光線であり/決せられた南の風である」とか「新たな時代のマルクスよ/これらの盲目な衝動から動く世界を/素晴らしく美しい構成に変へよ」と後輩たちに呼びかけていたのです。

  このように昭和2年における賢治は「まさに時代の子として、農村の疲弊の進む中で、盛り上がって来る社会主義運動やその徹底的弾圧のひき起こした思想的変動の波を身に受けながら」(入沢康夫・ちくま文庫『宮沢賢治全集』第2巻の解説)発想した「ポラーノの広場」のユートピア社会も、所詮は社会運動家でもオルガナイザーでもなかったから、羅須地人協会での活動に限られるという制約にあったのです。

  ■詩篇〔サキノハカといふ黒い花といっしょに〕

 サキノハナといふ黒い花といっしょに
  革命がやがてやってくる
  ブルジョアジーでもプロレタリアートでも
  おほよそ卑怯な下等なやつらは
  みんなひとりでに日向へ出た蕈のやうに
  潰れて流れるその日が来る
  やってしまへやってしまへ
  酒を呑みたいために尤らしい波瀾を起すやつら
  じぶんだけで面白いことをしつくして
  人生が砂っ原だなんていふにせ教師も
  いつでもきょろきょろひとと自分とくらべるや
  つらも
  そいつらみんなをびしゃびしゃに叩きつけて
  その中から卑怯な鬼どもを追い払へ
  それらみんなを魚や豚につかせてしまへ
  はがねを鍛へるやうに新しい時代は新しい人間
  を鍛へる
  紺いろした山地の稜をも砕け
  銀河を使って発電所もつくれ



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