盛岡タイムス Web News 2012年 12月 28日 (金)

       

■  〈杜陵随想〉 斎藤五郎 小沢昭一さんのこと

 本紙の「口ずさむとき」でおなじみの伊藤幸子さんが、先ごろなくなられた小沢昭一さんのことを書いておられましたが、私もそれに誘われて、しばし小沢さんの思い出にふけりました。

  それは伊藤さんも触れておられましたが、小沢さんがTBSラジオの放送回数1万回を超えるという「小沢昭一的こころ」で盛岡に取材に来られた時のことです。

  IBC岩手放送ラジオの担当から、テーマは盛岡弁∞茸(きのこ)とり≠ニいうことなのだけれど、手伝ってほしいということで、小沢さんにお会いすることになりました。

  実は小沢さんとは、私は日活映画上映館の支配人時代に、日活撮影所の懇親会で一席ともにしたことがありましたので、わりと気やすい気分だったのです(が小沢さんはお酒はぜんぜんたしなみません)。

  私があいさつすると小沢さんは、そんなこともありましたかと、実に丁寧な態度で、かえって恐縮したことでした。

  それで、まずは盛岡弁の達者?な人ですが、盛岡の人ならみんな盛岡弁のはずですが、そうはいきません。それで私の盛岡弁の標準語は八幡町の芸者衆だとの思いから、名妓の誉れ高い八幡町の都多丸さんにお願いしました。

  藩政時代に南部の殿様が言葉をきれいにする文化政策で、京都から住民を移住させて、花柳界である盛岡一の繁華街の芸者衆から普及運動したからです。その証拠に京都の「おまはん」は盛岡弁の「おめはん」、そして「そうどすえ」は「んだえ」といった具合のもので、いかがなものでしょうかと都多丸さんを紹介すると、うまくこじつけましたね、これぞわが意を得たりの昭一的こころですと笑っておられました。

  きのこ≠フ方は70歳を過ぎてもきのことりの現役で、盛岡のきのこ博士と言われていた菜園の洋服店主でテーラーの畠山昇六さんが、秋になったので、きのこが俺を呼んでいると思っていたら、小沢さんが呼んでいたのかと取材に応じてくれました。

  畠山さんも純粋?の盛岡弁の人ですが、お二人とも取材でマイクを向けるとツマゴをはいた東京弁≠ノなってしまうがと、小沢さんは笑いながら上手にリードして、盛岡弁の会話を引き出す名人芸は見事なものでした。

  その時の内容はほとんどおぼえていませんが、「昭一的こころ」は文庫本にもなっているので読み返そうと思っています。

  ただひとつ、今でも強く記憶にあるのは、取材の対談は松尾町の料亭、喜の字でやったのですが、その時、喜の字の隣の盛岡劇場を小沢さんが見て、ちょうど建て替えのうわさのあった頃でしたが、この劇場はこのまま残せば日本の貴重な文化財ですねと言ったことでした。

  その大正2年創立の盛岡劇場も、来年平成25年は開館百周年となります。小沢昭一さんの思い出とともに往時茫茫(ぼうぼう)を実感のきょうこの頃です。
(県芸術文化協会顧問)


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