盛岡タイムス Web News 2013年  1月  4日 (金)

       

■  野菜の固定種の種を取る 盛岡市三本柳の田村和大さん(32) 東京からUターンして自然栽培

     
  固定種の自家採種に取り組んでいる田村和大さん(昨年11月、盛岡市羽場地内の畑で)  
  固定種の自家採種に取り組んでいる田村和大さん(昨年11月、盛岡市羽場地内の畑で)
 

 自然栽培農家の田村和大さん(32)=盛岡市三本柳=は、「固定種」と呼ばれる野菜から種を取る「自家採種」に取り組んでいる。作物ではなく種を「収穫」する。現在国内で生産される農産物の種はほとんどが「F1種(一代雑種)」で、外国産が大半を占める。「食糧自給率の低さより深刻」と田村さんは、もう一つの日本の食の危機を語る。地元の気候風土に適応し、おいしくなる固定種の農作物の普及へ。希望の「種」を集め、まこうとしている。(大崎真士)

  ■固定種とF1種

  昨年11月下旬。盛岡市羽場地内の父親から借りた畑を、目を輝かせて見て回る田村さんがいた。作物の収穫期はとうに過ぎている。目当てはそれぞれの固定種の種だ。

  ニホンホウレンソウ、ミヤマコカブ、おたふくシュンギク、ノラボウ菜…これまで約200種の作物の固定種をまいて育てた。うち40〜50種の自家採種に成功した。

  固定種は自家採種が繰り返され、栽培地域の気候風土に適応していく。病気に耐える力が強く、田村さんによると、施肥すると育たない場合もある。収穫に手間がかかり、収量も低いなど、大量生産に不向きではある。

  これに対してF1種は系統を掛け合わせた雑種(交雑種、ハイブリッド)。親より生育が早く、大きく育つほか多収量などの特性を持ち、生産性が高い。固定種よりも耐病性の低さや味が落ちる場合もあるが、葉などの形が均一で箱詰めなど配送上の効率性で流通面は優れている。

  こうした流れの中、固定種の生産が全国で減り、県内で固定種の種はほとんど入手できないのが実態だ。

     
  田村さんが自家採種した固定種の種の一部  
 
田村さんが自家採種した固定種の種の一部
 


  ■食糧以上の危機

  田村さんは農家の次男として生まれ、高校卒業と同時に専門学校進学のため上京。大手電機メーカーグループのベンチャー企業に就職した。以前から「盛岡にこだわらずどこか田舎で暮らしたい」と考えていた。

  そんな中、2010年に体調を壊す。有機農業に取り組もうと考え、11年3月に12年間暮らした東京からUターン。その直後、東日本大震災津波が起きた。物流がストップし、農業をスタートさせたのは同年5月に入ってからとなった。

  大災害などで物流が途絶え、海外から供給されなくなったら―流通する種のほとんどはF1種で外国産。田村さんによると、F1種の種の99%がアメリカやイタリア産だという。

  農水省によると、11年度の食料自給率はカロリーベースで39%、生産額ベースで66%。田村さんは、生産に必要な種そのものの方が食糧よりも海外依存度が高くて深刻だと危機感を覚えた。

  ■盛岡在来の野菜を

  「物流が止まり、種が入手できなくなれば作物ができなくなる。その土地の風土に合ったものを育てる。そうすると、同じ品種でも味も形も変わってくる。野沢菜は育てる場所で全く別のものになる。成果物だけでなく、もっと見つめるべきものがあるはず」。

  固定種の種は埼玉県から購入し、自然栽培などを通じたネットワークは2年足らずで全国に広がっている。田村さんの趣旨に賛同し、育てた野菜の取り引きは県内外で徐々に増えている。

  今春には採種した種をさらに増やしたいと考えている。「F1種ではなく、みんなが作物から種を取るのがスタンダードになるよう、普及のために種をがっつり作りたい」。充実感で力がみなぎる。

  「盛岡在来の品種の野菜を作るため、種を取っていきたい」とも語る。現在ある固定種はモリオカサントウナなど一部に限られている。盛岡の風土にあった野菜作りへ、自ら取った種を手にしながら夢が膨らむ。

  詳しくは田村さんのブログ(http://ameblo.jp/synagy/)を。
  


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