盛岡タイムス Web News 2013年  2月 27日 (水)

       

■  〈口ずさむとき〉322 伊藤幸子 いつもなあなあ

 春めくや人それぞれの伊勢まいり
                   詠み人知らず

 「やあ、みんな、ひさしぶり!半年以上もごぶさたしたけど、元気だったかな?俺に会えなくて、さびしさに泣いちゃってた子もいると思うけど、涙は拭いてくれ」と威勢のいい挨拶は、晴れて中村林業株式会社の正社員となった平野勇気のパソコン文章。といっても実際はネットにも接続してないパソコンに向かって書いてるだけの彼の秘密のファイルだ。

  三浦しをんさんの小説「神去(かむさり)なあなあ日常」及び「神去なあなあ夜話(やわ)」。つい最近、はたちになった主人公、平野勇気は横浜っ子で高校卒業後、三重県中西部の山奥の神去村の住人になった。「神去村にはなにもない。遊ぶ場所も、コンビニも、服屋も食い物屋もない。あるのは村を何重にも取り囲む緑の山また山…」の環境にいきなり放りこまれたショック。「俺は林業なんかむいてねえ、帰りてえなあ!」とあがく「なあなあ日常」は同情と笑いに包まれる。

  村人の口ぐせは「なあなあ」で、たいてい語尾に「な」がつき「ゆっくり、のどかに」とのニュアンスがこめられる。たまに怒りの口調には「どこに行っとったんねいな」と語尾がはねる。見習い勇気は、山仕事の天才ヨキの家に居候して中村林業の仕事に従事する。ヨキの妻みき、母親繁(しげ)ばあちゃん、犬のノコが勇気の新しい家族だ。おやかたさん(社長)の中村清一、妻祐子、息子山太は小学1年生。祐子の妹直紀(なおき)は神去小の先生。勇気より少し年上だがこの村で唯一彼の胸をときめかせる女性。

  神去村から大阪まで山間部はほぼ中村家の持山という環境で、百年単位の時が流れる。その中で植林や間伐、枝打ち伐倒搬出など、冬場の雪起こしまで休む間もなく班構成で働く日々。ケータイなど通じず、若い女の声なんて忘れそう。

  「ヨコハマって、ええとこか」と聞かれた勇気。「そりゃそうだよ、店だって遊ぶとこだっていっぱいある…」と、答えようとしてやめた。でも、俺がいなくてもだれも気にしない場所だ。高校の友達は手紙も電話もよこさないし、みんな自分の生活で忙しいんだ。両親だって孫に夢中で、古株の息子なんか放置プレイ中なくらいだ。「アレ?横浜ほどじゃないかもしれんが、神去もええところや」と、やんちゃな山太の水鉄砲の標的から逃れて走る勇気。ノコが盛大に尾を振って追いかける。

  魂をゆさぶる神事のために千年杉の伐倒もあり、大祭も山太の神隠しも、勇気のケガもあった。でもいつもなあなあ、人も山も輝く春を迎えようとしている。
    (八幡平市、歌人)


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