盛岡タイムス Web News 2013年  2月 28日 (木)

       

■  〈上海〜NY〜台湾ひと筆書き〉6 沢村澄子 美術館へ

 NY(ニューヨーク)にはたくさんの美術館がある。そして、そのほとんどに順路がない。

  入館したら、観たいところから観たいだけ観る。観覧者に囲まれた絵は後回しにすればよいし、好きな絵の前にずっといてもいい。子どもたちは床に腹ばいになって、てんでに模写をしている。フラッシュをたかなければ写真を撮ってもいい。

  人の頭ばかり観て歩くようなことにはここでは無縁で、行動の制限を解かれて自由に振る舞う人々が、さらに互いの自由を生かし合っているところが心地いい。

  ノイエ・ギャラリーのクリムトの風景画に興味を持った。NY近代美術館のモネやマティスも何度見てもうれしい。ステラやウォーホルにも気が晴れる。グッゲンハイムのピカソ特別展「ブラック・アンド・ホワイト」では、ピカソにこんなにたくさんの黒と白だけの作品があるとは知らず驚いたが、線(と空間)だけで描く画というのは、書のありように随分近いと思った。

  メトロポリタン美術館の別館、クロイスターズに行こうとしてガイドブックを忘れ、下車駅がわからず、ホームで人に尋ねてみたが、来る人来る人みな知らないという。若い女性がアイフォンで調べてくれようとしたが、地下鉄構内でつながらない。次の列車の車掌さんに聞けばどうかという人も現れたが、車掌さんも知らなかった。そのうち「何だ、どうした」と額を集めるように人が集まって来たところへ、細身の紳士が「190番ストリート駅だ!」。そこにいた人々からちょっとした歓声が上がった。それから、わたしが「サンキュ」を繰り返す中、彼らはみなスッキリしたという顔で、それぞれの方向へと散っていく。

  クロイスターズを3年前に訪ねたとき、帰り道を道端で写生している青年に聞いたのである。パタン、とスケッチブックを閉じて「送るよ!」と言われた。川沿いの公園を横切りながら駅までを一緒に歩き、トウキョウに行ったことがあるという彼はハイクが好きなんだと語った。それから突然「フルイケヤ カワズトビコム ミズノオト」とそらんじて、わたしを驚かせたが、わたしが驚いたのは、それをよく知る日本人より彼の方がその音への愛惜が強い、と感じたからである。

  今回も目の前をハドソン川が流れていた。

  モノノ、アハレ、に震える深い緑の目をした青年、ディギーは今どこにいるんだろう。
(盛岡市、書家・沢村澄子) 


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