盛岡タイムス Web News 2013年  3月 18日 (月)

       

■  〈幸遊記〉115 照井顕 ジョン・バーネットのNPRニュース

 国際ジャーナリストのJOHN・BURNETT(ジョン・バーネット)氏が、NPR(ナショナル・パブリック・ラジオ)から2人目の通信員として、3・11の津波被災地・陸前高田を取材に来た日の夜(2011年4月1日)、彼は僕の店「開運橋のジョニー」へもやって来た。

  なんでも東京から一緒に来た通訳者・小林智恵さん(47)と盛岡駅前の焼鳥屋「いこい」で一緒になった気仙沼出身の主婦・佐藤律子さんとジャズの話になり、店に来たのだと言う。そして彼は、NPR・ニュースブログに「ツリー・オブ・ホープ(希望の木)」として唯一残った一本松をいち早く世界報道したのでした。

  その時の通訳者だった智恵さんが2年振りにジョニーにやって来て、ホープガールの歌を聴き、翌日には律子さん(61)と連れ立って、また来てくれたのです。話は当然あの日の夜に戻っていくのだが、智恵さんは「東北に来たことで、日本は手、足、体を動かして考える東北から学べば良い国になるのに!と感じました」と言う。律子さんは昔、七十七銀行員時代に通った気仙沼の老舗ジャズ喫茶「ヴァンガード」の復活話なども聞かせてくれて、僕はとてもうれしかった。

  ジョン氏は1986年以降、野蛮で恥知らずな暴れん坊通信員といわれながら、世界各国の隠された事実を調査報道し続け、エドワード・R・マロー賞、ナンシー・ディカーソン・ホワイト・ヘッド賞、海外記者クラブ賞などの賞を受賞した有名人。生まれ故郷・オースチンのテキサス大学でジャーナリズム学士号を取得、卒業。父はテキサスケーキを宣伝し有名にした人だと言う。「テキサスといえば、われらが世界に誇る、ジャズピアニスト・穐吉敏子さんから、30年以上もXマスに贈って頂いているフルーツケーキがあるよ」と、その空き缶を見せたら、彼は飛び上がって驚き「これだ!僕は生まれた時から食べている!」と。何という偶然?

  彼はとても気を良くし、カバンにしのばせていたハーモニカを取り出して金本麻里と「テイク・ジ・A・トレイン」をアドリブセッションまでしてくれたのです。後日、彼のブログには「開運橋のジョニー」のことや、僕のこと、麻里さんとセッションしたこと、ジョニーが津波後も欠かさずジャズのライブを続けたことなどが、写真入りで書かれていました。
(カフェジャス開運橋ジョニー店主)


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