盛岡タイムス Web News 2013年  3月 28日 (木)

       

■  〈上海〜NY〜台湾ひと筆書き〉10 沢村澄子 大階段を埋め尽くす

 NYから盛岡に帰って1週間後、今度は羽田から台湾に向かった。

  台湾ツアーのほとんどに故宮博物院は入っているらしい。そして、1〜2時間の見学で団体さんは退出する。ところが、その数や半端でなく、次から次へと大型バスで人が運び込まれるうちに、博物院中央にある宝塚大劇場のような大階段が真っ黒く人の頭で埋まった。真っ黒にである。そしてそれが、ぴーちくぱーちく、アハハ、ガハハと笑い声までこだまして、地鳴りのような塊になってゆく。

  もう、見学なんてものではない。鑑賞などできない。熊本だ札幌だ、名古屋だと書かれた三角の旗が多数はためく中、大阪弁でおばちゃんたちが大騒ぎしている声には本当に赤面した。いやいや恥ずかしい。誠に申し訳ない。正直わたしは、人が、この集団が怖かった。

  で、青銅器に鋳込まれた金文という文字を鑑賞する予定をあっさりヤメにして、淡水という風光明媚(めいび)な夕日の美しい町を目指した。台湾の地下鉄もきれいで表示も分かりやすい。儒教の影響か、若者は必ず老齢者に席を譲る。この風習は台湾のあちこちで目に付いた。

  特別淡水の夕日がきれいだった訳ではないけれど、何となく懐かしいような景色にほっとしたのである。

  翌日はノスタルジックだと評判な九●(人偏に分)という山村を訪ねたが、ヘンな日本語ですり寄ってくる土産売りに後ずさりするばかり。しかし、切り立つ斜面に作られた茶屋で休むと、はるか眼下の海の景色までが見えた。 

  入り組む海岸線、蛇行する山道、そこを走るバス、小さく点のように見える人。暖かな海辺の町には、12月だというのにブーゲンビリアの花が咲いていた。

  九●(人偏に分)から基隆へとバスで移動。その車窓から見える台湾の田舎の商店街。なぜか昭和の日本を連想させ、懐かしい。しかし、その中にも今のコンビニなど建っており、それはその町にとても違和感のあるものなのだけれど、町の意思、住民の意思を受けてか受けずにか、時代なのか、社会なのか、とにかく、変わってゆくのだな…と感じさせた。

  小さな漁港近くでは、年寄りが椅子を並べて日なたぼっこしていた。三人も四人も、特段しゃべらず、多分、昨日も明日も同じに座っている。この辺りで生まれた人は、大半がその中で仕事を見つけ、伴侶を見つけ、子を育てて一生を終えるのだろう。故宮の大階段を埋め尽くすという価値など彼らは知らない。さりとて、後戻りも、逃げることもできない人間の宿命に、彼らも町も、わたしだっている。

  昔は故宮博物院もちっちゃくて汚くて、ポツンポツンと名品が転がってた、って、誰かが言ってた。
(盛岡市、書家・沢村澄子)


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