盛岡タイムス Web News 2013年  5月 4日 (土)

       

■ 〈賢治の置土産〉313 岡澤敏男 政次郎は努力・勤勉の器量人

 ■政次郎は努力・勤勉の器量人

  賢治の家は花巻地方で古着・質商をしている素封家「宮沢まき(一族)」として知られていた。たしかに父方も母方も手堅い商家で財を築きあげた家系だが、その商家を支える厳しい実情にも目を向けてよいのではないか。

  賢治の家で古着と質屋を始めたのは祖父喜助の代で、長男であった父政次郎は「本城小学校高等科卒業後、家業の質・古着商に従い、よく父を助けて一五、六歳で代理をつとめる器量があった。努力型で勤勉家であったのである」と年譜にみられる。15、16歳とは現在でいえば中学2、3年生の年頃にあたる。器量とは商才のことで、17歳のときから関西・四国方面に仕入れの旅が始まっているらしい。明治28年に数え年23歳で20歳のイチと結婚し、賢治は翌年の8月27日に生れているが、出生当時、政次郎は古着の仕入れのために出張中で「岡山県から四国に渡る前後であった」と小倉豊文氏に語っている。

  ただし関西方面へ出張する理由については「いい品が安く買えたから」とだけしか説明しなかったという。とにかく商才に富む政次郎のことだから関西、四国に足を運んだのは「岡山県の備後・備中から広島県の備後南部方面には真言宗が多く、その檀家に葬式があると死人の晴着を檀那寺に納める風習があった(現在は〈おきぬの〉と呼んで代わりに白布を納める所が多い)。四国には〈八十八箇所〉でもわかるように真言宗の寺が多い。そのような地方的習慣を調べて知っていたのではなかったか」(「二つのブラック・ボックス」洋々社刊『宮沢賢治』第2号)と小倉氏は推理している。

  その当時、この地方では反物から着物を仕立てるよりも古着を買って着る風習があったから、政次郎が関西から仕入れる多量の古着が宮沢家に到着すると、遠くからも新着した古着を買いに来て大にぎわいを呈したものだったに違いない。しかも店売りだけでなく、田舎にも卸していたので荷造りに忙しく、特に冬には手が凍えると柱にぶっつけて暖め、また仕事を続けたという。「まったく戦争のような忙しさでした。くつろいで食卓につくいとまがなく、握飯を仕事の最中に、立ったまま食べるというありさま」と賢治の母イチが語っている。また「地方から買いつけにくる客に対しては、ていねいに座敷に招いて酒や肴を振舞うならわしでしたから、台所働きの女たちは、それこそ、てんてこまいであったのです」と言っている。

  器量人の政次郎が関西・四国方面に毎年古着の仕入れに出張したのは、単に「いい品を安く買えたから」だけではなく、仏教の近代化、宗門改革を推し進めた清沢満之を中核にして成立した浩々洞に集まる若い信仰者に交流するという法楽があったのではないか。そして満之の高弟にして浩々洞の中心的メンバーである暁烏敏と邂逅する弥陀の恩恵に浴したものと考えられる。「此間は参洞種々御高教を蒙り難有仕合奉深謝候」(明治39年5月21日)との礼状は浩々洞に立ち寄った時のことでしょう。暁烏が機関紙「精神界」に拠って明治36年1月号から43年11月号まで連載した「『歎異抄』を読む」は、歎異抄を一般人に紹介した最初で、『歎異抄』の近代における再発見者と呼ばれている。

  政次郎がいかに暁烏に私淑したかは暁烏敏に宛てた書簡61通からもわかるが、「精神界」の愛読者であった政次郎は掲載された暁烏の論説や報道(時事的な)に、いちいち感想やら意見を手紙で書き送っている。

  ■政次郎から暁烏敏への書簡(抜粋)

          明治39年9月30日
「(前文省略)先生の勝負事に関係せぬとの御言は犇々此愚なる心にも的中致候 詮ずる処私共悪凡夫の煩悩と申すも些の栄耀か栄華を望む心儘押付にも何うにか成りそーに候へ共悲しいかな抜く事の出来ぬ妄年は勝他の一念に候 昼夜此心を攪き廻す賊の張本は慥に此者に御座候 只々仰て大悲如来恩手を仮して此悪賊を退けたまふ時あるべきを信じ申候 それに気の付き候時は先生の如く成丈其勝敗を見聞せぬ様近寄らぬ工夫が肝要かとも存候 内心の強賊頑固なる事に候 それに付ても世の趨勢は傷ましく候 弥増弱肉強食の事実は顕れ来りて正に過日の電車騒ぎ等も何も厘の銅貨に血を流す馬鹿もなかるべきに只感情の衝突が大なる溝岳を築くが嘆かはしく候 富を驕らぬ富豪もなく貧しくして恨むる処なき丈夫の士も少なき今日御仏の御旨を承けて此地上に平和の天国を築き上げんとする先生方の御苦労を察すれば誠に多事の秋と存申候」
                  (以下略)


本ページ掲載内容の無断転載を禁じます
ホームページに関するお問い合わせ、取材に関する情報は
E-Mail:hensyuu@morioka-times.com
盛岡タイムス宛てにお願いします