盛岡タイムス Web News 2013年  5月 15日 (水)

       

■  〈口ずさむとき〉333 伊藤幸子 子の日母の日

 母を想う日のわがこころすなおなり
                  サトウハチロー

 「たけのこごはんが姿を消すと 豆のごはんが顔を出す どっちのごはんの上にも かあさんが ぷっくぷっくと顔を出す」

  これは昭和46年に書かれた「サトウハチロー」回想記に収められた「母が残していったもの」にある詩で、「ボクは5月の生まれなのです。よくよく母の日に縁のある男にできているのです」と述べ、掲出句をよく書かれたという。

  八郎の妹、佐藤愛子さんは「八郎の詩というのは、私はあまり認めていなかったのですが、『象のシワ』を読んだときに、なかなかやるじゃないの、と思いました」として、「シワでできてる大きな象 みてると悲しくなってくる たまらないように なってくる」をあげ、大きな象が抱える悲しみを思うとある。

  子の日、母の日、5月の喧噪(けんそう)の合間に、愛子さんの「血脈」上中下巻を読み返した。平成13年1月初版、第48回菊池寛賞受賞の3400枚の大作だ。65歳で雑誌連載を始めて12年間、それは若いころにはわからなかった面も見えてきて、人間の抱えるさまざまな矛盾も許せる年齢だから書けたと述べられる。父佐藤洽六(紅緑)が亡くなって50年がすぎていた。

  大正4年秋、「服部坂を風が吹き上ってくる。風に向って八郎は坂を下りて行く。」そこへ、三浦という下端役者につれられたシナが洽六邸へと上ってゆく。「血脈」の書き出し。八郎、洽六、シナ(のちに愛子たちを産む)の出会う場面。父、洽六の女性関係といったら、本妻ハルとの間に4男1女。外腹に2男、大正10年離婚、シナと再婚。早苗、愛子生まれる。このころには八郎も結婚、子らが生まれていた。愛子さんが、「佐藤家の系図はヨコに長い」といわれるように、複数の妻や子が連なっている。

  先年、私は世田谷文学館で「佐藤愛子展」を拝観、「自作を語る」記念講演も聴いた。「血脈」を登場人物になりきった気持ちで書き上げたこと。そうすることで彼らを理解し、愛することができたという。身内の恥を「暴露」というとむごたらしいが、ただ真実に向かって掘っていっただけで、今、それが鎮魂になっているかもしれないと結ばれた。

  洽六の息子たちは八郎以外、自殺や原爆死もあり、横に広がる系図の枝葉はそれぞれに茂り、ラストシーンがやさしい。ハチローの孫恵(めぐむ)がにこにこ顔で愛子叔母の前に現れる。これまでの荒ぶる血は、衰微することでようやく鎮まったかと眺める絶妙の夕景である。(八幡平市、歌人)


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