盛岡タイムス Web News 2013年  5月 20日 (月)

       

■  〈幸遊記〉124 照井顕 佐藤潤のオペラ歌手

 1992年のある日、FM岩手のジャズ番組の収録後に立ち寄った喫茶店で、僕は佐藤潤さんという、若いオペラ歌手に、バッタリと出会った。とはいえ、それまで名も知らぬ、会ったこともない初めての人。彼は店のマスターの紹介で、僕のために、実に本格的なオペラを歌ってくれた。その表現力の豊かさと、ずば抜けた歌唱力に、驚きと感動のあまり、胸が打ち震えた僕の記憶。

  のちに、彼の家を訪ねた時、彼が書いたという分厚い私家本を頂いた。数百nにも及ぶその本をめくると、まるで活字のような、立派な手書き。さらに驚いたのは、その本にあるいろいろさまざまな宗教の団体へ、自ら身を投じて、体験しながら徹底的に書いたすごい本だった。おかげで今は、全部の宗教を差別なしに見れるようになったという彼。

  その著者・佐藤潤さんは1961(昭和36)年、盛岡市に公務員の子として生まれ、仁王小学校、下小路中学校、岩手高校を卒業して、東京声専音楽学校の教員養成科に学び、日本人初の国際コンクールで優勝したテノールの奥田良三氏に師事。首席で卒業できた者(1人)だけの権利を獲得して、芸大教授でバリトン歌手・栗林良信氏のオペラ科に進み、学園の入学式や、卒業のトリを務めた。その後、藤原歌劇団から声はかかったが、自信が持てないからと断り、自分の故郷へ戻って来たのだった。

  盛岡に帰ってからは、何と肉体労働者として働いたが、会社倒産。職安での訓練校に応募し3度も拒否されたが、ようやく入ることができ、パソコンのP検3級を取得。

  篆刻(てんこく)家で、書道の教室を持っていた母が倒れてからは、アニメソングの女王と言われる高橋洋子氏 (47)のすすめもあって、母の教室を継ぎ、盛岡と滝沢の教室で子どもたちに書道を教えている現在だが、もちろん、今も時折、ステージや教会で歌っている。

  「音楽もドイツのうたは繊細で、イタリアのうたは声量がある。言い換えれば、ドイツはみみっちいし、イタリアは下品となって平行線。だから認め合えばいい。幸い僕はどっちからも認められ、使い分けができたのだ」とも。時折、彼は僕の店にやって来て、歌のリクエストに応えてくれるが、彼の歌は本当にすばらしい!と皆が言う。
(カフェジャズ開運橋ジョニー店主)


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