盛岡タイムス Web News 2013年  6月  5日 (水)

       

■  〈日々つれづれ〉174 三浦勲夫 月明かり


  「月明かり」と「月光」。同じものを指す言葉だが、ニュアンスが微妙に違う。「月明かり」といえば、それを頼りに歩く、作業をする。あるいは「月明かり」のもとで、こそこそと秘密の行動をする。なんとなく「月明かり」は「月光」に比べて薄暗く、さらに薄暗がりで盗みなど悪い事までするイメージがある。

  「月光」はこうこうと明るく、それを受けて昼のように明るい夜景を思い浮かべる。名曲には、ベートーベンの「月光の曲」(ディー・モントシャインゾナーテ)やグレン・ミラーの「ムーンライト・セレナーデ」がある。ドイツ語「モントリヒト」はその通りに英語に直せば「ムーンライト」である。ついでに言えば英語(というより米語)の「ムーンシャイン」はドイツ語にすれば語形的には「モントシャイン」にあたる。

  このように英語には「ムーンライト」と「ムーンシャイン」の二つがある。英語に限った話をすると、どちらも「月の光」を指すが、しかし「ムーンシャイン」の方は、月明かりの中でこそこそ仕事をする「密造酒」「マリファナ」「覚せい剤」という隠語となり、「たわごと」「ナンセンス」などマイナスの意味にもなる。「月明かり」に似て、こっそり隠れて何かをする意味、あるいはまっとうでない物という意味がある。

  「ムーンシャイン」と言う語に初めて出くわしたのは、英語のフォークソング「カントリー・ロード」の歌詞を確かめた時だった。粉塵(じん)にけむる鉱山の夜空に出る月を描いて「ミスティー・テイスト・オブ・ムーンシャイン」と歌う。「かすんだ味の月あかり」で一応意味は通る。しかし裏の事情を知る人なら、あれはウェストバージニアなどでも昔作られた密造ウィスキーの味、そのかすんだ味わいにたとえた月、だということがピンとくるようだ。そのことを知ってから、「ムーンシャイン」の意味を英和辞典で確かめたのだった。

  「カントリー・ロード」の歌は1970年代にジョン・デンバーが歌って大ヒットした。ウェストバージニア州にあるブルー・リッジ山脈中の、鉱山出身の青年が都会に出るが、山を忘れられない。ある朝のラジオ放送で故郷の山の便りを聞いて、強い郷愁の念に駆られて車を飛ばしてカントリー・ロードを急ぐ。ノスタルジックなメロディーとリズムと歌詞がよくマッチして広く人間の心をつかむ。アメリカの郷愁の歌は、都会に出てもアメリカン・ドリームを実現できず、都会の成功に背を向ける若者の心が重なる。

  「マサチューセッツ」もその系統である。カントリー・ウエスタンの「デトロイト・シティー」も「コットン・フィールド」もそうだ。「グリーン・グリーン・グラス・オブ・ホーム」は南北戦争に敗れた南軍の若い兵士が処刑される前に夢見た故郷の青草、家族、恋人への思慕を歌う曲である。この曲を聞くと、大西洋を越えたアイルランドの民謡「ダニー・ボーイ」を連想する。アイルランド独立義勇軍に参加する少年ダニー(ダニエルの愛称)を送りだす母親の悲痛を歌うのが「ダニー・ボーイ」(わが子ダニーよ)である。アメリカにはヨーロッパ中からある意味で「食い詰めた」移民が自由と機会を求めてやって来た。その子孫たちは新天地でも郷愁の夢を抱えて歌うことになる。
(岩手大学名誉教授)


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