盛岡タイムス Web News 2013年  6月  12日 (水)

       

■  〈日々つれづれ〉175 三浦勲夫 通訳と英語脳


  同時通訳者も今では当たり前になったが、現れ始めたころは驚異だった。1969年のアメリカによる月着陸の一部始終をNHKテレビで同時通訳した西山千氏(1911〜2007年)らが草分けだった。私も80年代後半に通訳技術に関心を持ち、昭和から平成に替わったばかりの89年3月に「同時通訳講習会」(日本通訳協会主催)に参加したことがあった。講師の1人が西山千氏だった。講習会場で私が指名され「何でもいいからお話しください。同時通訳いたしますから」ということになった。教室の前に出て講座参加の理由を述べ、簡単なあいさつをすると、西山氏はこともなげにそれを英語に同時通訳した。

  西山氏はアメリカ生まれで、ユタ大学大学院で電気工学を学び修士号を取った。1935年日米関係が悪化し始めたころ、日本に帰国し逓信省で働き、終戦後はGHQ(連合軍最高司令官総司令部)で通訳者として働いた。大勢の日本人関係者と総司令部の通訳をしていると時間がかかるので、自分なりに工夫して同時通訳をして時間を短縮したという。講習会で自分などの言葉を同時通訳していただき感激したことを覚えている。

  通訳には「逐次通訳」と「同時通訳」がある。いずれもしっかりした「日本語力」と「外国語力」を必要とする。「外国語力」とは外国語で考え、表現する能力であり、英語であればよく言われる「英語脳」を持つことである。英語を聞いて分かりやすい日本語に訳し、日本語を聞いて分かりやすい英語に訳す。分かりやすくするためには、元の話を瞬時に編集して言い直す能力も必要である。構文を変えることも必要となる。

  安倍内閣が小学校の時点から英語教育を大幅に改編して日本の総合的国際競争力を高めようとしている。この方向は戦後一貫して指向されてきたところであり、施策には識者から推進論と慎重論が提起されてきた。英語を重視し過ぎて日本語をないがしろにしてはいけない、という点が慎重論の中心かと思われる。もっともなことで「二兎を追う者一兎をも得ず」になってはならない。「二兎を追う」とは「日本語と英語を身に付ける」ことである。「通訳術」も両方の言語を身に付けて完成する。

  「通訳術」を身に付けてこそ「英語脳」「中国語脳」「ドイツ語脳」なども出来上がる。また一言に「英語脳」と言っても、初級程度、中級程度から高次の英語脳まであることを忘れてはいけない。小学校、中学校、高等学校、大学と年を追って英語脳も高まる。文化理解や文化体験、判断力、人格の成長までが関わるだろう。

  バイリンガルの人の頭脳には二つの言語が混然と存在するが、それが必要な時と場合により、判然と区別・整理されて一方の言語という形で表現されたり、聞き取りの際に活用されたりする。そのような道筋に学習者を導くのが外国語教育だとすれば、通訳技術の基本を外国語教育に導入することも有益である。幼児の段階ならば「ウサギ」と「ラビット」を聞かせて結び付けることから始まる。そして単語の段階から句や節や文へ、一文から二文へと進むだろう。「シャドーイング」という「オウム返し」の復唱練習もある。母語と異言語の「シャドーイング」がある。専門通訳家を目指すならば、一方の言語を他方の言語に同時変換する訓練もある。レベルごとでの二言語訓練である。
(岩手大学名誉教授)


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