盛岡タイムス Web News 2013年  6月  27日 (木)

       

■  〈詩集マイクロプラズマ肺炎日誌〉 「序」 南部駒蔵


  2013年1月2日、夕方より悪寒を覚えたり。自宅にありし常備薬を飲む。いつもはこれにてわが風邪は治るなり。インフルエンザの予防接種を受けずして25年、風邪で病院に行ったことがないというが、わが自慢なり。

  3日、発熱続き、床に臥して安静にて過ごせり。

  上堂教会の雪かきするゆえ、手伝えぬかという電話あるも、断れり。手伝いたいという気持ちある時は、体がいうことを利かず、体が自由な時は、人のために手助けせむと思わず。つくづく勝手なるわれなり。

  死にゆく時、もう少し人に親切にせばと、後悔すること間違いなからむ

  4日、息子の東京へ帰るを、盛岡駅まで車で送らんとす。わが車は退職後、廃車とし、すでになく、妻の車を借る。普段、ほとんど乗ることなき妻の車なり。

  夕方6時、外は闇の世界、雪霏霏(ひひ)として降れり。自宅を出で、いつもの諸葛川に沿う一本道を走らす。ますぐに行きしはずが、いづれかの交差点にて左折したるらし。進みゆくに、見たこともなき路地のごとく曲がりくねる道なり。「これはまずい」と周章狼狽(ろうばい)したり。隣の息子、心配そうに道を指示するも当てにならず。電車は6時48分発なり。発車時間に間に合うかと思えば、ますます、焦りたり。いづこを走っているやも分からぬまま車を走らす。

  コンビニあり。その前に車を止めてタクシーを呼んでもらえり。運転手に「列車に間に合いますか」と問うに「分かりません」と言えり。「急いで」と声かけて息子を乗せたり。タクシー料金を息子に渡さんとするに、息子は「あるから良い」と言えり。ただ間に合わんことを祈りつつ、息子を送りたり。

  コンビニの隣に「盛岡病院」と建物の名、見えたり。牡丹雪しきりに降れり。われ、滝沢ニュータウンに住むこと25年、自宅からさほど遠くもなき、よく知れるはずの盛岡病院なり。されどまったく別な病院に見えたり。名前も失念していたり。初めて来た場所にて、家もさぞかし遠からむと思われたり。幻覚で別世界にゆきたるごとき心地せり。

  コンビニの店員にこの場所を尋ぬるに「西警察署」の言葉出でたり。この時に至りて初めて正気に返りしごとく、己が場所に気づきたり。「送ってあげますか」とコンビニに来たる客、親切に言えり。西警察署まで来てわが家へ帰れぬとしたら認知症なり。断りてわが家に帰る。

  道に迷いしは、恥ずかしき故、隠さんかと思いしも、正直に妻に言えり。妻は大丈夫かとわが頭を心配せり。たとえ夜にて、雪降れど、川沿いの一本道、そをなぜ迷うか、我も解しえぬなり。あるいは熱あるゆえ、頭ボケたるか。夢見るごとき一時間なり。

  間もなく息子より家に電話あり。時間前に盛岡駅に着き、電車に間に合う、となり。雪のため電車は40分も遅れる、となり。

  5日、K医院に行く。薬をもらいて、終日休むこと3日。熱高く下がらず、咳激し。

  8日夜、これまで経験なき激しき咳にて一晩中眠られぬなり。妻、耐え切れずして深夜、階下に布団を運ぶ。取り残されて、一人いねたり。

  朝、再び、K医院に行く。医師、レントゲン写真を見て「これは肺をやられていますよ。すぐに医大に行って診てもらってください。それとも近くの盛岡病院に紹介状を書きますか。良い先生がいますから」となり。「午後にしてもいいですか」と言うに、医師は「すぐに行ってください」と命令口調なり。

  家に帰り、タクシーを呼ぶ。それにつけても、どこのタクシー会社なのか、名前さえ覚えておらざるなり。電話帳にて調べて、携帯電話に登録す。そもそも携帯電話を持てど、ほとんど不携帯にて、妻は娘たちと盛んに携帯でメールのやり取りなどしおるも、われは取り残されしごとく携帯は使わず、家族とのコミュニケーションを図らずして生きてきたるわが日常なり。

  盛岡病院に着く。少し先は、4日の夜、道に迷える時、見つけたる雪の中の盛岡病院なるも、さなりとも思われず。午前、レントゲン検査、血液検査、痰の検査あり。

  午後、医師より説明を受く。「肺の炎症を起こしています。炎症反応が高いので、すぐに入院してください。肺炎球菌、A型インフルエンザ、マイコプラズマ菌が、検出されました。三つの菌が複合しているので、炎症の範囲も広く、少しやっかいです。入院は3週間の予定です」となり。

  妻に聞くに「マイコプラズマ」の名、新聞、テレビによく出でおり、家でも話題になりたりと。「そんなことも知らないの。新聞のどこ見てるの」と妻、なじる。世間にて「マイコプラズマ」の名、皆に知られているという。われも聞いたかもしれず。聞いても例のごとく忘れて初めて聞きし名と思いしか。妻は日ごろより、わが体より頭を心配せり。アルツハイマーあるいは認知症を心配せり。何事も忘れやすきゆえなり。あるいはその疑いもあらむか。

  されどわれ暢気(のんき)なるは、調べもせずして高をくくり、老化の自然と思い、また、痛み、苦しみなきゆえなり。検査せば、あるいは立派な病名つくやもしれず。どこまでもおめでたきわれなり。

  「マイコプラズマ」これを覚えるのに苦労したり。1時間たたずして、頭の中より、その名が消えてしまうなり。われを苦しめる病原菌の名をすぐ忘れては困るなり。最後に「舞妓のプラズマさん」とあだ名を考えたり。これにて忘れにくくなりたり。

  すぐ入院とは思わなんだ。用意はまるでできておらなんだ。主治医は女医の水城さくみ先生なり。説明が丁寧で親切なり。入院3週間の予定となり。

  かくて、37歳の痔ろうの手術以来、30年ぶりの入院生活始まれり。

 以下の詩篇は切れ切れに浮かびたるわが思いに脈絡をつけてまとめたるものなり。

  わが病の記念としてこれをまとめたり。人の参考にならば、共感する人、興味を持つ人あらばうれし、と幼稚・素朴なるを顧みずして発表するなり。
  (毎週木曜。次回より詩を掲載します)



本ページ掲載内容の無断転載を禁じます
ホームページに関するお問い合わせ、取材に関する情報は
E-Mail:hensyuu@morioka-times.com
盛岡タイムス宛てにお願いします