盛岡タイムス Web News 2013年  6月  29日 (土)

       

■ 信仰の山・岩手山 星川さんのコレクション 不動平にあった鳥居 明治時代の貴重な写真 

     
  明治41年の不動平(木津屋版)  
  明治41年の不動平(木津屋版)
 

 盛岡市南仙北の収集家・星川克巳さん(84)が集めた岩手山関係の古い資料には「巖手山記」(1920年、岩手山壹萬講社発行)に掲載された写真のほか、それより古い明治期の写真も含まれている。「写真を見ながら思うのは、岩手山は霊山として古くから信仰されてきたこと。今の岩手山登山には霊や信仰という話題が出てこない。写真を通して、振り返ってもらいたい」と話している。

  岩手県のシンボル岩手山は古くから霊山として信仰の山、農家にとっては残雪の形で農作業の時期を教えてくれる山でもある。藩政時代には姫神山、早池峰山、新山とともに南部4鎮山として、盛岡領内の守りの要でもあった。

  星川さんは現在では貴重本となっている「巖手山記」を所有。奥付に大正9年発行とあり、およそ90年前の岩手山登山の様子を詳細に紹介している。この本に掲載している写真の原本を根気よく探して複写し、より鮮明な写真にしてコレクションしている。

  「原本にこだわるのは、『巖手山記』の写真が鮮明でないため、資料として紹介するために必要だと考えたから。どなたが撮影した写真なのか知りたいところだが、本に紹介していないのが残念」と話す。

  所有しているのは「巖手山記」に掲載している写真のほか、本が出版される10年以上前の写真もある。

  明治の写真は絵はがきで、左隅に「盛岡木津屋版 巖手山 九合目御不動平」。印には中央には岩手山の絵、その上に「□(麗のように見えるが、参拝、尊拝、来拝、いずれかの意味を持つ文字と思われる)拝紀念」、周囲は「陸中国岩手山 明治四一年」と読める。

  写真の中奥に見える鳥居が、星川さんはとても気になっている。「この明治41年(1908)の写真にある鳥居が今はない。不動平は鳥居を置くに最もふさわしい場所、霊気漂う不動岩、灯籠もたくさんある。霊地は、時代が変わっても霊地であるはず。この場所の鳥居を移した理由を知りたい」と話している。
     (9面に続く)


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