盛岡タイムス Web News 2013年  8月  9日 (金)

       

■  〈川面にまつるお盆─舟っこ製作日誌〉1 作業スタート


     
  舟っこの装飾をする南大通2丁目流舟会  
 
舟っこの装飾をする南大通2丁目流舟会
 

 盛岡の送り盆を彩る伝統行事、盛岡舟っこ流しが今年も16日に北上川明治橋付近で行われる。今年は近隣14の町内会などが霊を天に送る登り竜を模した飾り舟を製作し、火を付けて北上川に流し故人を供養する。

  舟っこ流しの始まりはおよそ280年前。盛岡藩四代藩主南部行信の七女、麻久子姫が 川施餓鬼(かわせがき)の大法事を行ったとされている。1815(文化12)年に津志田遊郭の遊女たちが乗った舟が氾濫した北上川で転覆し、溺れ死んだ霊を慰めるために位牌と供物を乗せて流すようになった。

  近年では祖先の霊を送るとともに、無病息災などを祈る行事とされている。舟を流した後は、山梨県南部が由来とされる「投げ松明(たいまつ)」や、花火大会も行われる。

  参加団体の一つ、南大通2丁目では町内会青年会が中心となり「流舟会」を結成し、毎年参加している。

  製作初日は6日。作業が行われる同市大慈寺町にある臨済宗長松院の境内にテントを設置した。関係者15人ほどが集まり、照明の設置などを行った。

  同日午後には強い雨が降り、ぬかるんだ地面に苦戦しながら20分ほどで舟っこが完全に収納できる大きさのテントが張られた。

  今年の流舟会会長を務める岡田守弘さん(47)は「会長になって1年目。責任を感じている。作業には普段、別の仕事を持つ人たちが集まっている。当日の流し舟は事故のないよう務めたい」と語る。

  7日の昼間に舟の本体が到着。早速飾り付けが本格的に始まった。この日の主な作業は舟の装飾の下処理と、中心に位置する墓石の作成。佐々木孝一さん(56)は「船の骨組みに切れ目を入れ、火が付いた後、内側に崩れやすくしている。中心の墓石も、以前は枠に布を張って作っていたが、今年からベニヤ張り。内側に花火を入れて、崩れるよう工夫したい」と語る。

  数年前に大気や川の汚染が懸念されて以来、舟にはプラスチックなど不燃物は使用しない決まりになっている。 
    (佐々木貴大)


本ページ掲載内容の無断転載を禁じます
ホームページに関するお問い合わせ、取材に関する情報は
E-Mail:hensyuu@morioka-times.com
盛岡タイムス宛てにお願いします