盛岡タイムス Web News 2013年  8月  14日 (水)

       

■  〈日々つれづれ〉184 三浦勲夫 さんさ踊り


 8月4日(日)、午後6時の開始から7時20分ごろまで盛岡さんさ踊りを見た。午後6時ごろの中央通りは明るくて、先導のミスさんさやミス太鼓のお嬢さんたちはあでやかで優雅だった。日が暮れて暗くなってからは、太鼓や笛や踊りは熱気を帯びていった。群舞が照明に浮かび上がった。

  パレードのコースは内丸の盛岡市役所前から中央通2丁目のはずれまでの約1`。ミスさんさ、ミス太鼓に続いて、幼稚園、保育園の園児、父母、職員、昨年入賞した団体、伝統さんさ、太鼓集団と続いた。園児から大人、高齢者、女性、男性にいたるまで色鮮やかな衣装と笛、太鼓、鉦(かね)で、クルクル、ヒラヒラ、しなやかに舞いながら進んだ。長い伝統と現代性、世代、性別の違う者たちが溶け合って流れるように進んだ。

  その昔、農家の広い庭や、盆踊りの広場で輪踊りをする古い「さんさ」を何度か見たが、パレードというカタカナを付したさんさ踊りはカタカナの「サンサ」という感じだったし、ラテン音楽の「サルサ」という語感に似て目を見張りながら見入り聞き入った。しかし、その元は伝統さんさであり、伝統さんさには、古い言い伝えがある。

  その昔、村人たちを苦しめる、羅殺(らせつ)と言う名の悪い鬼がいた。村人たちは地元の三つ石神社に鬼退治の願を掛けた。神様は願いを聞き入れ鬼たちをこらしめ、以後は決して村人を苦しめぬように誓わせ、証文として大きな岩の上に「手形」を押させた。これが今に伝わる三つ石神社の大岩であり、「岩手」の名のもととなった。大喜びした村人たちは踊りで感謝を表現した。それが「さんさ」の元となったという。

  その感謝と喜びが長い時代にわたって引き継がれてきた。36年前に現代風にアレンジされた踊りとなり、中央通りで約1`を舞い進むパレードとなった。踊り上手たちは表彰されるコンテストとなり、行事PRのためのミスさんさコンテストも開かれる。太鼓の音とバチさばきは勇壮であり、舞いは優雅でどこか品がいい。とにかく衣装が美しい。和太鼓の数1万個がギネス世界記録に認定されもした。

  しかしこの踊りの起源は「鬼退治」である。悪者が退治され、住みよい世の中を喜ぶ感謝の踊りである。踊りの行列を見ながら、新たな社会の新たな問題を解決すべく、この集団の持つ熱気と熱意を傾けることが一つの精神だ、と感じられた。女性がひときわ目立つこの踊り。女性の社会進出のシンボルだ。園児たちが大人たちと一緒に踊るさんさ。立派な子どもたちを育て、少子化社会の将来を改善するエネルギーに。2年半前の大震災津波を生き延び、惨状を目にした人たちが復興に当たる。さんさは時代のうねりの中で、社会問題解決に当たるべく、民衆のエネルギーを注ぎ続けることが要求される。

  東北各地の夏祭りは報道機関に報道され、旅行会社の企画に乗って各地からの観光客を呼び寄せる。それはそれで悪いことではないが、祭りの起源の心を離れては時代とともに浮動するだけの単なるショーとなる。しかし、踊る人たちは懸命に舞い、笑顔を見せ、会釈をしながら沿道の人にも応えた。太鼓をたたきながら舞い、笛を吹きながら舞い、鉦をたたき、唱和し、十分に見る人たちを元気づけ、楽しませた。
(岩手大学名誉教授)


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