盛岡タイムス Web News 2013年  11月   27日 (水)

       

■  〈口ずさむとき〉361 伊藤幸子 「憂国忌」


 散るをいとふ世にも人にもさきがけて散るこそ花と吹く小夜嵐 三島由紀夫

 11月25日は憂国忌、三島由紀夫の43回目の命日だった。この月は一茶忌、近松忌、馬琴忌から一葉忌、八一忌、秋声忌、白秋忌など文人の忌日が多いのだが、私は今年も「三島」と目に付く記事や本に吸い寄せられ、かの日に思いをはせた。

  「昭和45年11月25日」三島事件のその日をタイトルに「三島由紀夫自決、日本が受けた衝撃」をサブタイトルの中川右介さんの本書は2010年初版後増版中。あの日、当人がどこで何をしていたかが明らかなものを収録、「120人の1970年11月25日」を1冊としているものである。サンデー毎日、NHK記者クラブ、月刊「新潮」「週刊現代」社には三島から当日取材の時間指定の電話があったという。

  歌手の村田英雄は三島より4歳若い41歳。25日はNHK紅白歌合戦出場歌手が正式発表される日で、お祝いを言いたかったらしいのに本人には電話が直接つながらなかったという。

  瀬戸内晴美さん48歳。文壇デビューは三島の方が先だった。この日10時ごろ、瀬戸内さんは探しものをしていて、ほこりだらけの袋を見つける。そこには手紙の束が入っていて、1954年に書かれた三島の手紙があった。今しも、自決のその時間に、自分のとった行動に、それが三島からの手紙という偶然の符牒(ふちょう)に、読む側もドキドキする。

  総理大臣官邸に第一報が入ったのは、午前11時30分ころ。「市ケ谷の自衛隊東部方面総監部に暴漢数名が乱入」というものだった。佐藤栄作総理大臣は、商工会連合全国大会に出席中、11時50分に祝辞を述べる。

  自民党田中角栄幹事長はこのとき52歳。「思想家が思いつめた結果の行為だろう」と語った。三島の妻瑤子の父である杉山寧画伯はこの日、藝術院会員に選ばれた。

  同日、作家円地文子も藝術院会員に選ばれる。三島が評価する数少ない女性作家のひとりだった。

  東京都中央区月島の古書店員、出久根達郎さんはこのとき26歳。外出中の店主から「三島の本をまとめておけ」と言われるが、その日のうちに売り切れた。氏が独立するのはその3年後だ。

  坂東玉三郎20歳。事件後インタビューで、「三島さんがまた現れるような気がする」と言ったのはまさに舞台人の感覚。どんな劇的な死でも幕が下りれば役者は立ち上がる。「三島事件の本質を、玉三郎は鋭く見抜いている…」と書く作者の炯眼(けいがん)に感銘した。
(八幡平市、歌人)


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