盛岡タイムス Web News 2013年  12月 15日 (日)

       

■ 〈ジジからの絵手紙〉52 菅森幸一 氷上カーニバル

     
   
     

 盛岡駅から大通を経由し中の橋方面に向かう最短幹線道路は、盛岡城の内堀のひとつ「亀ケ池」の大部分を埋め立て昭和29年に完成した。戦後、大陸などから引き揚げてきた人々が神社の境内に住みつき、生活のために店を出し門前町のような状態になっていた。埋め立ては城址の史跡指定が取り消されるという問題もあったが、桟橋形式をとることで池の上に「東大通り商店街」が出現することになった。

  それまでは「亀ケ池」の城側を迂回して桜山神社に至る道を通るのが一般的で、冬には凍結した氷上が娯楽の少ない市民のスケートリンクとして親しまれていた。

  いつの頃からか「氷上カーニバル」という冬のイベントが始まるようになった。多分駐留米軍の発案かもしれないが、カーニバルの意味も良く分からぬままジジたちは当時としては盛岡最大の冬の行事を待ち望んでいた。裸電球をつるしただけの会場には、思い思いの仮装をした市民やアメリカの軍人たちが大勢集まって冬の夜長を楽しむのだが、それ以上に多くの観衆が池の周りを取り囲み珍妙な扮装(ふんそう)に拍手喝采を送ったものだった。埋め立てと同時にこの行事がなくなったのはとても残念だったよ。


本ページ掲載内容の無断転載を禁じます
ホームページに関するお問い合わせ、取材に関する情報は
E-Mail:hensyuu@morioka-times.com
盛岡タイムス宛てにお願いします