盛岡タイムス Web News 2013年  12月 16日 (月)

       

■  〈幸遊記〉153 照井顕 千崎秀樹の記念日花束


 白いカスミソウ、薄紫のスイートピー、白の小百合(アルストロメリア)、そして真っ赤なバラ2輪の花束を抱え、千崎秀樹さんが開運橋のジョニーへやって来た12月12日は、ジャズピアニスト・穐吉敏子さんの84回目の誕生日。そして僕と小春の結いの記念日。

  さっそくピアノの上に花を飾らせてもらい、先客の女性から届けられた大きな特注ケーキにナイフを入れて、居合わせたお客さまたちと一緒に、プチパーティー。煮豆、ハタハタ、横浜からのノリで包んだおにぎり。ビールにワイン、ハーブティー。なんの脈絡もない、不思議な取り合わせ。だが一番のピッタシは千崎さんと僕が、20歳違いの同じ4月20日生まれだったこと。

  彼がジョニーに現れだしたのは、今年の夏ごろ。長期出張の派遣で本社から、盛岡支社に春から来ていて、「ある日、開運橋のジョニーを見つけて、エレベーターに乗ったら、まるでタイムマシーンのような気分になった!」と。彼は店に来ると、必ず何かを手帳にメモり、店で流れるレコードのジャケットや、その日の店内をあちらこちらとカメラに収めながら、ニコニコとエビス顔で例のビールを楽しみながら飲む。釣りはいつもさりげなく「希望」のビンに入れて立ち去る心遣い。ありがとう…。

  彼がジャズを聴き始めたのは、中学時代のFM放送。エアチェックして「渡辺貞夫」さんのカセットテープをよく聴いたという。高校に入って間もなく「地元島根の浜田市にあったサテンドール≠ニいうジャズ喫茶によく通った。マスターがサイフォンで入れてくれたモカ≠ベースにしたコーヒーが抜群で、ジャズとマッチして最高でした」。

  生まれてこのかた46年。外国だと思っていたくらい遠かった岩手だが、盛岡に降り立ち、開運橋から眺めた岩手山が最高だった。冷麺、じゃじゃ麺、そしてジョニーのジャズ麺?にはまった。時折、奥さんにも来盛してもらい、一緒に盛岡の街や、中津川べりを散策する。今では、この街・盛岡が最高に気に入って、住みたいとさえ思い始めているという。が、しかし彼にも、ジョニーの眼下にある二度泣きの開運橋≠涙して?渡る日が刻々と近づいている様子だ。
  (カフェジャズ開運橋ジョニー店主)


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