盛岡タイムス Web News 2013年  12月  25日 (水)

       

■  〈口ずさむとき〉365 伊藤幸子 「利休の茶室」


 利休めはとかく冥加(みょうが)のものぞかし菅丞相になると思へば
                                        千利休

 ことし最大の話題をよんだ映画「利休にたずねよ」の封切りを待って鑑賞、さらに感動確認をこめて再び映画館の椅子に座った。

  利休切腹の、一畳半の茶室とは、どういうしつらえのものであろうか。「この狭さでは、首が刎(は)ねられぬ」「ならばごろうじろ、存分にさばいてお見せせん」切腹見届け役との会話。山本兼一さんの原作では「一畳半とよぶが、正確には一畳台目(だいめ)、一畳と四分の三の広さ。中柱を立てて袖壁でくぎり、下座に室床(むろどこ)をつける。わきに水屋洞庫を押し入れ式にして道具の出し入れに不自由はない」とある。

  死なねばならぬ理由など何ひとつない。天正19年2月28日、利休切腹の朝。夜半から激しい雨、雷鳴もとどろいた。妻の宗恩が手燭(てしょく)を持ってつぶやく。「たいへんな嵐ですこと」「春に嵐はつきものだ。灯(あか)りを消しなさい」映画のファーストシーンの、利休・市川海老蔵と妻宗恩・中谷美紀の白装束のたたずまいは原作通りで美しい。

  私は5年前、初版で本書を読んだときは「美は私が決めることです。私の選んだ品には伝説が生まれます」という利休茶の湯の極致、鮮烈な美意識に息をのんだ。戦国の武将たちとの確執、政治家と芸術家の三毒の焔(ほのお)の色におびえた。

  さまざま頭の中で思い描く想念が、映画でははっきりと視覚で建物の構造も実感できた。利休の師、武野紹?役は今は亡き市川團十郎さん。「このたび、せがれ海老蔵の主演映画に、その相伴として出演させていただきました」と述べる右手には利休作の茶杓(しゃく)が握られていた。

  画面では今しも、利休が初めて紹?の茶室に招かれた場面。二尺六寸の潜り戸を入って二畳の茶室。そこに紹?さんがハッと袖を払うシーンがあり、その両端がかたわらの壁に触れた。狭いといっても、目で見る空間を再発見し、芸道師弟の永遠性に胸が熱くなった。

  黄金の茶室も、青天白日の北野天満宮の大茶会にも度肝を抜かれた。規模といい豪華さといい映画の醍醐味(だいごみ)を堪能させてもらった。「『見届けのお役目、ごくろうさまでございました』宗恩は茶道口にもどり頭を下げた。廊下に出ると宗恩は手を高く上げ、握っていた緑釉(りょくゆう)の香合をかたわらの石灯籠に勢いよく投げつけた。香合は音をたてて粉々に砕けた」(原作)

  砕くことを知っている観客。宗恩がこの香合を投げようとキッと構えて二度三度…目を閉じ、ついに拳を静かに納めるシーンで映画は終わった。
(八幡平市、歌人)


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