盛岡タイムス Web News 2014年  1月  3日 (金)

       

■ 〈学友たちの手紙〉161 僕ハ目下非常に込入ッタ事件 八重島勲

■ 210巻紙 明治三十七年九月六日付

宛 東京本郷区菊坂町六十九、片桐様方 野村長一様
発 [現岩手県花巻市] 石鳥谷 後藤清造
  九月六日夜八時、
時維明治丗七年八月丗一日の夕刻こそ、げに意外であった、キなの時間がおかしくなっだのハ丁度その朝きいたのであつたなら通知し参ふもうと思っとたのでした。いるかあの暁上京せられたのは随分早うゴシたナ、三日より毎日毎夜の第一師団兵の西行へ多くの知ルた人にもあッた中にハ小林少尉もあッた、曰く今度こそ最後だと、今夜ハ立見中将の通過があるので乃公も行くべく準備中、僕ハ目下非常に込入ッた事件があるので上京期ハ未だ定めず、もし十二能[?]あたりござッたら関氏許訪ねてくれ給へ、待後便へ、

 【解説】狭いはがきに墨書、しかも大変な癖字のため、とても読み取りにくい。きっと読み方が違っているかもしれない。長一が上京前に会おうと思っていたが、もう上京したとのこと。3日より毎日毎晩、石鳥谷駅で第一師団の西行きの汽車を見送っている。多くの知った人がいた。その中に小林少尉がいて、今度こそ最後だといっていた。今夜は立見中将の通過なので、それに行くべく準備中である。自分は目下非常に込み入った事件があるので上京の時期はいまだ決めていない。もし12日あたり、関氏を訪ねてくれ、という内容のようである。後藤清造は、長一と紫波高等小学校、盛岡中学の学友。日本黒部鉄道取締役を務めた、長一と相当に親しく、手紙25通、はがき14通、計39通残っている。岩手日報創業の後藤清郎の兄である。

 

 



   


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