盛岡タイムス Web News 2014年  1月  20日 (月)

       

■  〈幸遊記〉158照井顕 皇后・美智子様への曲


 2014年1月16日、小野田寛郎(元・陸軍少尉)が91才で亡くなった。彼がフィリピンのルバング島で発見されたのは1974年。テレビに映し出された、敬礼の姿が目に浮かぶ。終戦を知らず、戦後30年近く一人で戦い続けた小野田少尉。当時、20年近くアメリカのジャズの世界で孤軍奮闘し続けていた、日本人としての自分を重ね合わせて作曲した穐吉敏子の「孤軍」(1974年彼女のビックバンドデビュー作)は僕にとって、穐吉敏子さんとの出会いとなった曲。以来40年、僕も穐吉敏子を旗印に和ジャズに生き、生かされ、今日に至った。

  その世界に冠たる芸術家としてのジャズピアニスト・穐吉敏子さんと皇后・美智子様はお互いに深い尊敬の念をお持ち合いになっている間柄。2012年6月、穐吉さんは皇后様に御呼ばれになって皇居へと出向き、お会いし、50分間お話しをして来たのでした。そして皇后様の誕生日だった同年10月20日、東京国立劇場でのコンサートに、穐吉敏子さんは皇后様に捧げる曲を持参して演奏した。

  その曲はそれこそ“こうごうしい”すてきな曲で、聴衆の胸々に静かに深く届けられた。それを昨年、穐吉さんはご主人のルータバキンさんと一緒に献上するためニューヨークでCDレコーディングしたと、今年1月5日に川崎ミューザの楽屋で聞いた。しかも皇居にて演奏して頂けないかとの皇后様の希望により、1月20日の本日、ご主人ルーさんも、そのために来日されて二人で御前演奏をされるのだそうです。

  それこそ、国歌「君が代」を学校での入学・卒業式などで、歌う、歌わない、伴奏をする、しない。起立さえ、する、しないの裁判ざたがあとを断たない。公務員が拒否するのはいかがなものかと僕は思う。そんなことより、曲として素晴らしい「君が代」をジャズやロックで演奏したり、発売したりすることを禁ずる方がよっぽどおかしい。「君が代」が「ジャズ」となってTVに映し出されたのは1979年のこと。九州若松高校の教師だった小弥信一郎氏が即興演奏をした“君が代”の素晴らしさを、僕はいまだに忘れることができないでいる。翌年密かに、とある雑誌の付録(ソノシート)になっていた。

  きょう2014年1月20日。それこそ“君が代”の皇后様は、ジャズピアニスト・穐吉敏子さんによって奏でられ音楽となり歴史的な“JAZZ・DAY”になったのだと、この日を僕も密かにうれしく思っている。
(カフェ・ジャズ開運橋ジョニー店主)


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