盛岡タイムス Web News 2014年  1月  26日 (日)

       

■ 東日本大震災 発掘調査で新たな三陸の歴史 地域文化を復興の力に 日本考古学協会が成果報告

     
  宮古市教委の高橋憲太郎さんによる報告。田老乙部U遺跡からは奈良時代の竪穴住居跡も見つかった  
  宮古市教委の高橋憲太郎さんによる報告。田老乙部U遺跡からは奈良時代の竪穴住居跡も見つかった
 

 東日本大震災津波の復興事業に伴い沿岸被災地で実施されている発掘調査の成果報告会が25日、盛岡市上田3丁目の岩手大復興祈念銀河ホールで開かれた。日本考古学協会の主催。調査に携わった専門職員や研究者が発表し「新たに分かった歴史を三陸文化の復興の大きな力に」と呼び掛けた。

   大震災後、かつてない規模で展開されている発掘調査は、これまで目立った開発がなく、手つかずだった三陸地域の歴史を少しずつ明らかにしている。非常時にあっても、地域の歴史文化を尊重する意義を改めて知ってもらおうと報告会を企画。約80人が参加した。

  沿岸被災地で発掘調査に携わった専門職員ら5人が成果や課題を発表。このうち、宮古市教育委員会の高橋憲太郎さんは今年度、同市教委が手掛けた18件の発掘調査の成果を説明した。

  同市沿岸の高台にある日の出町遺跡からは、宮古地域では初となる縄文時代草創期の爪形文土器や早期初頭の無文土器、古墳時代のものとみられる土師器(はじき)や須恵器が出土。田老地区や重茂地区の遺跡群の調査でも、古代の集落の様相が判明しつつあり、宮古の歴史の空白期を埋める新たな発見が相次いでいるという。

  多くの遺跡は、津波の浸水域から外れた場所にあるものの、一部は今回の大津波で浸水している。「宮古湾で縄文時代以降、大規模な津波が何回か襲来していることは確実。具体的にどのような被害があったのか今後の調査で解明する必要がある」と話した。

     
  派遣職員の視点で発掘調査が果たす役割について語る八木光則さん  
   派遣職員の視点で発掘調査が果たす役割について語る八木光則さん
 

  元盛岡市教育委員会職員で、宮古市で発掘調査に携わった八木光則さんは、派遣職員の立場から沿岸被災地で行われている復興調査の課題を指摘した。

  復興計画を進めるための準備は膨大な作業量で、全国から集まった派遣職員が多忙な現場を支えている。遺構の土壌や遺物、調査方法は地域によって大きく異なり、特に県外から派遣された職員は、新鮮な驚きがあると同時に、戸惑いも大きいという。

  「フォローがないと、統一されない形式での図面や写真といった調査成果が残る。一定の研修期間を設け、地元に即した基本的な調査マニュアルを作成するなどの方策が必要」と指摘。調査の工程管理も「責任を明らかにし、調整を図っていく体制づくりが望まれる」と話した。

  発掘調査後の現地説明会には大勢の住民が足を運び、関心の高さがうかがえる。「この機運を大事にし、またさらに高め、復興の大きな力となるようにすることも発掘調査の果たす大きな役割」と強調。「これまでの歴史叙述は内陸に偏りがちだったが、発掘調査の集中実施で、三陸沿岸の歴史像を塗り替える大きな転機となってきている」と期待した。

  同協会は、被災地で暮らす人たちの自信につながるよう、沿岸地区での成果報告会の開催にも力を入れていきたいとしている。


本ページ掲載内容の無断転載を禁じます
ホームページに関するお問い合わせ、取材に関する情報は
E-Mail:hensyuu@morioka-times.com
盛岡タイムス宛てにお願いします