盛岡タイムス Web News 2014年  6月  18日 (水)

       

■  〈日々つれづれ〉226 三浦勲夫 6月の行事


 先月はゴールデンウイークや母の日などがあってにぎやかだった。それに比べて6月は祝日も連休もない。ただ、今年6月の行事は5月に負けていない。「男子サッカー・ワールドカップ」がブラジルで行われている。岩手(盛岡・滝沢)では「チャグチャグ馬コ」が14日に行われた。「母の日」ほど注目度はなさそうだが、「父の日」がある。

  「父の日」は15日で、同日ワールドカップ「日本対コートジボワール」戦が今この時間に行われており、日本中が熱狂している。前半を日本が1対0でリードして折り返した。しかしテレビを消して試合結果は後で知ることにする。この原稿を書き終えたい。テーマは昨日のチャグチャグ馬コである。

  チャグチャグ馬コがわが家からほど近い大新町から国道46号を通った。あいにくの小雨だった。近所の人たちがぞろぞろと行進コースに出て行った。自分は「公開講座」の資料を整えてから、傘をさして歩いて家を出た。馬コたちはちょうど通り過ぎた後で、見物を終えた人たちがぞろぞろと戻って来た。自分は行進を追う形となり、岩手大学に向かった。途中で追い付いた。美しい装束、大小の鈴の音、ひづめの音、母馬子馬。ジャラン、ジャラン、パッカポッコ、ヒーン、ヒヒーン。「チャグチャグ馬コ」の囃子(はやし)歌。「音の風景」をライブで聞く。馬ふんを拾う係、コースを区切る赤い円錐ポットを片付ける係。

  館坂橋交差点で右折する馬コたちと別れた。宮沢賢治の詩にある「ちゃんがちゃがうまこ」は昭和最初期の形を伝える。当時は蒼前神社にお参りをした後、整然とした行列ではなく1頭ずつが下の橋を渡って帰って来た。時間的には夜がほんのりと明けかかるころである(「ほんのぴゃこ夜明げがかった雲の色」)。それでも見物人たちが下の橋あたりに大勢で出た。時には馬方は見物人のために少し馬を走らせた(「いしょけめにちゃんがちゃがうまこはせでげば、よあげのためがなぐたぁぃよな気もす」)。昨日見た「馬コ」の行列は85頭。整然と歩き、正午前の国道は交通規制されていた。自分は馬コやちょこんと乗った子どもたちのお尻や背中を見ながら見物人の中を歩いた。

  田植えを終えた農耕馬をいたわる行事だったが、今は農耕馬もいない。開催形式も変わったが、無形民俗文化財として愛馬精神を伝える。ただし所変われば品変わる。時節変われば品変わる。チャグチャグ農耕馬の初期の姿は、今では風化した。蒼前も駒形も馬の守護神だがその意味も一般的には薄れている。

  風化といえば西洋の「愛馬」という意味の人名「フィリップ」(Philip)を思い出す。「フィリップ」も元を正せば古典ギリシャ語の「フィル」(phil:愛する)と「ヒポ」(hipo:馬)の組み合わせである。

  その意味を教えてくれたのは、デンマークの銀行員フィリップ・ホルゼさんだった。かつてロンドンの下宿で会ったが、自己紹介で「愛馬」の意味を説明してくれた。こちらも「殊勲、功績」の意味であると言った。彼は漢字に非常な関心を持ち、フィリップは漢字でどう書くのかと聞いたので、「富偉律夫」でしょうかと答えた。季節は5月から観光シーズンになり、オックスフォードやストラトフォード(シェークスピアの故郷)を一緒に見た。梅雨もない英国の夏は9月末まで快晴が続いた。
  (岩手大学名誉教授)


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