盛岡タイムス Web News 2014年  6月  26日 (木)

       

■  〈風の筆〉56 沢村澄子 「空騒ぎ」


 しばらく前、あぁ、空騒ぎなんだなぁ…と思ったのだ。人生は空騒ぎ。

  それを言っちゃあ、おしめーよー、と寅さんに叱られそうで、今ふと気になって、なんで「寅さん」なのかと調べてみると、本名は「車寅次郎」っていうんだね。映画「男はつらいよ」を見たことがなくて、でも、昔、家庭教師させてもらったさくらちゃんに「4月生まれなの?」って聞いたら「お父さんが寅さんのファンなの」と答えた。もっとも、少しずつ少しずつ、南の方では桜も3月に開花するようになってきて、中学生だったさくらちゃんも今では立派にお母さんだ。

  「男はつらいよ」が喜劇だと今知った。高校の英語の授業で習ったシェークスピアの「空騒ぎ」も喜劇だったと記憶する。

  話の中身を全く覚えてなくて、これも今調べてみるに、「おお、ヒーロー! どんなにか立派なヒーローだったろう、もし、うわべの美しさの半分でもこころの内に反映されていたなら。だが、もうお別れだ。かぎりなくみだらで、かぎりなく美しいひとよ! さようなら、清らかな罪、罪深い清純」とか、「さあ、お嬢さん、死んで生きるのです。今日の結婚式はただ延期されただけのこと。強い気持で耐え忍ぶのです」とか、「いいか、諸君、忘れてはいけない、俺は馬鹿だぞ。記録されてはいないが、俺が馬鹿だということを忘れてはいけない」など、断片的に読んでも面白いせりふばかり。

  一方、寅さんの口上では「結構毛だらけ猫灰だらけ、見上げたもんだよ屋根屋のフンドシ、見下げて掘らせる井戸屋の後家さん、上がっちゃいけないお米の相場」などなどがある。いまさらながら、寅さんもシェークスピアも面白い。

  6歳のある日、「諦めなければ生きていけない」とわたしは思った。そう思ったその日のことをわたしはよく覚えていて、それから、死んで生きたン十年であったろうし、自分がばかであることを忘れなかったおかげで利口にもなれず、何もしてこなかったような。

  90歳を超えたある巨匠の、やはり90歳を超えた奥さんが言ってた。「沢村さん。死なないんだよ。いつまで続くんだい。こんなこと」。こんなことが何かって、空騒ぎであることは、シャークスピアも寅さんもさくらだって知っていて、泣いたり笑ったり、一喜一憂するその全てが無意味に違いないであろうこの世で、その巨匠は「薪(まき)を集めなければならない。また新たな命の火を燃やすために」と、そんな内容の作品を書いていた。

  知っていて、命を燃やす空騒ぎ、というのは、誠、道化た営みに違いない。しかし、それこそ、清らかな罪、罪深い清純で、この上なく美しいものなのではあるまいか。

  それはとことんばかでないとやれないことであり、心底本気でやったつもりでも、なかなか得られぬ美しさ、のように思われる。
     (盛岡市、書家)


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