盛岡タイムス Web News 2014年  8月  22日 (金)

       

■  NHK朝ドラマ 村岡花子ゆかりの聖書 盛岡市内丸教会 福音印刷の古書発見


     
   内丸教会牧師館から見つかった福音印刷の出版物を整理する中原眞澄牧師と中原陽子さん  
   内丸教会牧師館から見つかった福音印刷の出版物を整理する中原眞澄牧師と中原陽子さん
 
  NHK連続テレビ小説「花子とアン」のモデルで翻訳家の村岡花子(1893―1968)に関連する出版物が、盛岡市中央通1丁目の内丸教会(中原眞澄牧師)で見つかった。花子の夫でクリスチャンの村岡●(人偏に敬)三(1887―1963)が経営していた福音印刷(父の平吉が横浜で創業)の聖書など100点以上。花子が26歳から編集の仕事をしていた日本基督教興文教会の出版物もあり、夫妻が縁を結んだ当時の信仰を今に伝える。

  内丸教会は1880年に創設し、牧師館は築90年の歴史を持つ。同教会5年目の中原牧師は「古い資料があることは聞いていたが初めて目にした。震災や空襲で多くの資料が失われており貴重だ。花子さんとの関わりも興味深い」と話す。

  これらの出版物は、土沢教会(花巻市東和町)の牧師を務める同牧師館の中原陽子さん(37)が3階屋根裏部屋を整理していたときに見つけた。四つの菓子缶の中にぎっしり保管されていた。何気なく一冊を開いて奥付を見た陽子さんは「印刷者に村岡とあって、すぐに花子さんと結び付いた」と驚いた。

  出版物は、聖書やキリスト教の教えに関する書が中心で、布教のために配布されたものを含む。1890年代から1923年に発行されたものが中心。23年は関東大震災で福音印刷が倒壊(のちに倒産)した年でもある。

  中原牧師が「聖書としては非常に珍しい」と話すのは、●(人偏に敬)三の父平吉が印刷者となり、福音印刷合資会社(のちの福音印刷)が印刷した「新約聖書 ぞくごマコ傳 全」(米国聖書会社、1904年3月発行)。マルコ伝を分冊した口語文による聖書で、広く読まれたと思われる。

     
   村岡平吉の時代の福音印刷合資会社印刷の分冊の聖書(上4点)と基督教婦人矯風会発行の冊子(下左2点)、花子の夫村岡?三が福音印刷で印刷した「偶像を拝すべからす」  
   村岡平吉の時代の福音印刷合資会社印刷の分冊の聖書(上4点)と基督教婦人矯風会発行の冊子(下左2点)、花子の夫村岡●(人偏に敬)三が福音印刷で印刷した「偶像を拝すべからす」
 
  花子が翻訳、編集した記録のある書はないが、10代のころから婦人問題を通して関わっていた基督教婦人矯風会の出版物も数点見つかった。のちに勤務する教文館の印刷所で印刷された「妊娠中の注意」(1906年6月、日本基督教婦人矯風会発行)は、妊婦の衛生などについて解説した書。中原牧師は「伝道に限らず、市民の生活改善も当時の大切な仕事だったのでは」と話す。同会が「公娼私娼の全廃」を訴えるため、1917年3月に発行した書もある。

  ●(人偏に敬)三は、花子が翻訳した「モーセが修學せし國」(19年発行)の印刷を手掛けたことなどが縁になり、同年に花子と結婚。22年には東京に進出していた福音印刷の経営を平吉から受け継いだが、翌23年関東大震災に見舞われる。被害の大きかった横浜工場とともに再建はならなかったが、今井革著「偶像を拝すべからす(傳道用書第二)」の奥付には、震災後の日付となる「大正十三年八月廿七日印刷 印刷者 村岡?三 印刷所 東京市京橋区銀座 福音印刷株式会社 賣捌所 教文舘」との記載がある。

  ●(人偏に敬)三と花子は、震災から3年目の26年、自宅に出版社兼印刷所「青蘭社」を設立している。

  今回の資料の確認は、村岡花子、村岡家の仕事が注目されている時期と重なったが、まだ未確認の資料もあるという。中原牧師は「資料を分類するなど少しずつ整理していきたい」と話している。
 


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