盛岡タイムス Web News 2014年  10月  15日 (水)

       

■  〈口ずさむとき〉405 伊藤幸子 「ひぐらしの声」


 年長(た)けてまた越ゆべしと思ひきやいのちなりけり小夜の中山
                                                西行

 「山々に春霞が薄く棚引き、満開の山桜がはらはらと花びらを舞い散らせている。昨日まで降り続いた雨のせいか、道から見下ろす谷川の水量が多い。流れは早く、ところどころで白い飛沫(しぶき)があがっている」

  これは2011年下半期直木賞受賞作、葉室麟さんの「蜩ノ記」の書き出し。このたびの映画化に伴い、また読み返してみた。元郡(こおり)奉行、戸田秋谷(しゅうこく)は城内で刃傷沙汰に及んだ末、即時切腹は免れたものの10年後の切腹を命じられていた。不意の災厄や病気と違い人為的に生命を区切られたとき、人はどんな思いに襲われるのだろうか。

  私は10月4日の公開直後、映画館に向かった。やはり活字を追い想像するのと違い、直接小説の登場人物たちが視覚に訴えてくるから分かりやすく、遠野ロケーションという風景描写が何ともいえない味わいを醸し出す。

  豊後羽根(ぶんごうね)藩の奥祐筆、檀野庄三郎(岡田准一)は今しも幽閉中の戸田秋谷(役所広司)の監視役として訪れた。秋谷の風貌はと見れば、筒袖にカルサンはかまの四十すぎか、額が広く眉尻が上がって鼻が高い。あごが張った立派な顔に、ほほ笑んでいるのかどうか分からぬ笑みが見える。

  妻、戸田織江役は原田美枝子。原作では病身だが、武士の妻として村の娘たちに織物を教えたり、家刀自(いえとじ)の務めを明るく演じている。なかでも夫の死装束を整える場面には、近寄りがたい威厳が感じられた。

  それとなく思いを寄せていた秋谷の娘、戸田薫(堀北真希)と庄三郎の祝言。同僚の祐筆水上信吾役の青木崇高の「高砂」が朗々として楽しめた。食事の場面も多いが、作法通り「ごはん、汁物、おかず」と順序だてて、正座で静かに箸を運ぶ。黒光りする床や建具が印象的。

  剣の達人庄三郎の居合術を稽古してきた岡田さんの二本差し姿が目に焼き付いた。画面ではヒュッ、ヒュッと剣のうなる音が神秘的だ。

  葉室さんの「いのちなりけり」の解説で、縄田一男氏が「美しい物語を読んだ人は、自らも美しい物語を書くものだ」と述べられた。藤沢周平、葉室麟の系譜、また黒澤明監督、小泉堯史監督につながる師弟愛といえようか。

  映画の感想を葉室さんは「今は役所さんの秋谷、岡田さんの庄三郎にしか見えない」と語られる。ラストシーンの白装束で遠ざかる秋谷の後ろ姿に、私はワッと走って追い付き、正面から見てみたい思いにかられた。耳朶(じだ)ふかく、蜩の声が響いている。
(八幡平市、歌人)



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