盛岡タイムス Web News 2015年  2月  7日 (土)

       

■ 〈体感思観〉 編集局 鎌田大介 松陰はつらいよ


 
 大河ドラマ「花燃ゆ」を見ると、吉田松陰が通称「寅次郎」と呼ばれていたことに気付く。「男はつらいよ」の主人公と同名だ。これは偶然でなく、一坂太カ著「吉田松陰とその家族」(中公新書)によると、渥美清演じる車寅次郎は、松陰をモデルに造形されたらしい。

  二人には確かに通じ合うものがある。反骨精神の独身者で、やたら説教くさいかと思えば、人にほれやすい。叔父の家で育てられ、妹には滅法甘く、家族に心配ばかりかけている。旅にあれば松陰は漢詩、寅さんは露天商の啖呵(たんか)で、名調子をうなる。どちらも日本人の涙腺を最もくすぐる美学的な敗者として、シンパシーの的になっている。

  一坂氏は青春時代を山口県で過ごした山田洋次監督が、松陰の旅日記を読み、「男はつらいよ」を着想した可能性を指摘している。

  旅日記と言えば、松陰が長州藩を脱藩し、嘉永5年(1852)に盛岡を訪れた「東北遊日記」が代表的だ。松陰は盛岡藩士の那珂通高としめしあい、同年3月11日盛岡入り。奥州街道を上って紫波から伊達領を目指した。日記は馬産地としての南部領をたたえながら、盛岡藩の政争と那珂の敵を厳しく批判し、ときの藩主の失政を嘆く。

  時は流れて昭和59年(1984)。渥美清演じる寅さんもシリーズ33作で盛岡、紫波を訪れた。この際、「寅さん調」で松陰の盛岡紀行をなぞれば、さしずめこうなる。

  「やっぱり南部はいい馬がいるねえ、あたしも『無事これ名馬』といきたいが、どうも畳がなじんでくれねえや」。「大丈夫、そんな心配するこたあ、ありません。武士というものはね。殿様とけんかして藩を飛び出るくらいじゃなきゃ、一人前とはいえません」。「そんなでたらめな野郎をのさばらせておくんじゃ、20万石のご政道がすたるってもんよ!」。

  映画の中では盛岡城の本丸に屋台を広げ、松陰も渡った上の橋から去る寅さん。山田監督とは昨年、八幡平市でお目に掛かる機会があったのだから、実際はどうなのか、聞いてみればよかった。後で大きなネタを逃したと気付く嫁業もつらいよ。


本ページ掲載内容の無断転載を禁じます
ホームページに関するお問い合わせ、取材に関する情報は
E-Mail:hensyuu@morioka-times.com
盛岡タイムス宛てにお願いします