盛岡タイムス Web News 2015年  2月  14日 (土)

       

■ 県文化財に犬吠森念仏剣舞 三閉伊一揆の畠山家文書も 県保護審が指定を答申


     
   県無形文化財(民俗芸能)に指定される犬吠森念仏剣舞(紫波町教委提供)  
   県無形文化財(民俗芸能)に指定される犬吠森念仏剣舞(紫波町教委提供)
 

 県文化財保護審議会(会長・熊谷常正盛岡大教授)は13日開かれ、犬吠森(いぬほえもり)念仏剣舞=紫波町指定無形民俗文化財=と「嘉永六年盛岡藩三閉伊通百姓一揆畠山家文書附(つけたり)三重箱」(田野畑村の個人所有)の2件を県指定文化財とすべきと答申した。3月中旬の県教育委員会議の議決を経て4月中には官報告示され、県文化財に指定される。

  犬吠森念仏剣舞は同保存会(阿部久知代表)が伝承しており、無形民俗文化財(民俗芸能)として答申された。同町東部、犬吠森地域に伝わる郷土芸能。1693(元禄6)年の巻物が受け継がれており、供養の作法や手順などが記されていることから、同年の発祥とされている。1975(昭和50)年に同町無形民俗文化財の指定を受けている。

  貴重なこの巻物には現在の同町赤沢地区から伝承したとの記述がある。しかし、赤沢の念仏剣舞は早い時期に途絶えており、犬吠森のものが盛岡市都南地区や矢巾町など、近郊地域の念仏剣舞に影響を与えたことが推測されている。

  戦時中に中断期間はあったが、戦前からの念仏供養の形を残している。演舞は12演目。直径1・7b、重さ約30`の大笠をかぶる「大笠振り」が大きな特徴。主に盆の8月16日、庭元の仏前をはじめ、依頼者宅で供養の演舞を行っている。

  もう1件の「嘉永六年盛岡藩三閉伊通百姓一揆畠山家文書附(つけたり)三重箱」は有形文化財(古文書)の指定。1853(嘉永6)年に起こったこの一揆は閉伊郡のうちの藩の代官区であった野田通、宮古通、大槌通の3通の惣百姓1万6000人が平田番所(現釜石市)を越えて仙台藩に越訴(おっそ)しようとして、8000人が仙台藩領気仙郡などの村に越境した。

  この一揆は規模、政治意識、組織、戦術、効果、性格と数々の点で、わが国最大の百姓一揆とされる。文書が納められた三重箱の内箱落としぶたには「嘉永六年十月 田野畑村畠山多助 三十六歳」という、一揆終息時の年月、年齢の墨書がある。一揆の企画、指導者の一人であった多助が、後のため厳重に保管し、同家に伝来してきた経緯も明らかで、重要な資料と認められた。

  箱内に納められていたのは「南部弥六郎奥書黒印状(なんぶやろくろうおくがきこくいんじょう)」など3通の文書。同黒印状は、一揆参加の一般農民に対し一切処罰しないので安心して帰村するように、盛岡藩の目付2人の連名押印で約束し、さらに大老の弥六郎の奥書を節記名押印して保証した証文。一揆史上、特異な事例で象徴的な資料の原本とされる。

  今回答申があった2件の指定後、県指定文化財は374件となる。
 


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