盛岡タイムス Web News 2015年  3月  2日 (月)

       

■  〈幸遊記〉216 照井顕「ルイ・アームストロング家の日本庭園」


 明治45年(1912)に日本から、アメリカに友情桜として贈った3000本の苗木が、100年を経た2012年、その桜の名所・米首都・ワシントン・DCで大きな節目の年を祝うかのごとく、観測史上最も早く開花した。

  その4月「ジャズって何?と聞かれると、サッチモの言葉を思い出すの」と1991年の朝日ジャーナルに語っていた、われらがジャズピアニスト・穐吉敏子さんのコンサートを聴くため「ジョニーと行く穐吉敏子への旅・ワシントンDC&ニューヨーク」に皆と出掛けたツアー中、僕らは「ジャズとは何ですかと聞くようでは、その人はジャズが分かっていない」と答えたサッチモことルイ・アームストロング(1900〜71)の自宅だった現・ハウス・ミュージアム(NYの103ストリート)にも行ってみた。

  ジャズは個人的な音楽。その「ジャズを語る時、ルイははずせない。なぜならルイは友を呼ぶから!」は、僕のダジャレだが、ミュージアムの受付案内人は、穐吉オーケストラのトランペッターから習っているという若者。生前、自分が決定的な影響を受けたコルネット奏者・キング・オリバー(1885〜1938)を最も尊敬、彼の偉大さや敬愛の心情を人々に伝えたルイもまた、今なお世界中の人々に愛され続けている。

  自伝で「母・メイ・アン(マヤン)を教会員からヤクザに至るまで誰もが尊敬し大切に扱っていた。いつも胸を張って生き、他の人をねたむことは決してしなかった。私もこの性質をを受け継いだのは、きっと母からに違いない」と語るルイ。「祖母は奴隷だったの」と、ルイの妹・ベアトリスは別の本で明るく語る。

  桜が米国に渡った12年末12歳のルイは、ピストルを放ち少年院へ。そこで習ったのがさまざまな楽器と、コルネット。日本へは1953年、63年、64年と彼のオールスターズで来演。自宅庭の片隅には池もあり、赤いニシキゴイが泳いでいた。そこにはジャパンテイスト・ガーデンとあり、居間には現在も僕が使っているデュアルのプレイヤー、マランツのアンプがセットされていてビックリ!レコード棚には、自分の歌や演奏の他、マリアン・アンダーソン、ベッシースミス、W・C・ハンデイ、ビックス・バイダーベック、チャーリー・クリスチャン、ガーシュイン、ラフマニノフらの名が読め、それだけでも彼の心根がよく分かり、胸が熱くなったのでした。
(カフェジャズ開運橋のジョニー店主) 


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