盛岡タイムス Web News 2015年  3月  10日 (火)

       

■  〈おらがまちかど〉48 盛岡市 上ノ橋町内 古く文化と経済の町 ギャラリーや老舗 かつて豪商営み商店街


     
  現在の上ノ橋町  
 
現在の上ノ橋町
 

 盛岡市上ノ橋町内は1970年代まで小さな商店街だった。当時、向かい合う若園町にあった屋内プール、スケート場のレジャーセンターと喫茶軽食の「藤原パーラー」を核店舗に、電機店、書店、化粧品店、米穀店などが軒を連ね、大きな造り酒屋があった。

  紺屋町側には棟割り長屋があり、青果店、クリーニング店、駄菓子屋、時計店などが並んでいた。三つの町内に挟まれた通りは、上の橋を渡った本町通と連なる形で、一定の集客力を持っていた。

  上ノ橋町のソリスト内加賀野代表の山田公一さんは「住宅地図を見ると昭和46年がピークで、あとは次第に店が減っていった。バブルの頃にはだいぶ店が少なくなり、上ノ橋町は道路や位置付けがあいまいで、いくつかの店を除いて、商売をするには厳しい地域になっていったのではないか」と話す。

  上ノ橋町には盛岡二高や白梅幼稚園があり、若園町の城南小学校とともに、盛岡市内の主要な文教地帯であり続けている。

  ギャラリー彩園子の村井陸平さんは「近隣には画家や絵の好きな人たちが多く住み、ギャラリーでは現在も盛んに個展を開いている」と話す。建物は盛岡市の保存建造物の旧井弥商店で、明治を代表する土蔵造りとして、盛岡の古いたたずまいを今に伝えている。

  紺屋町にかけて藩政時代は近江商人や豪商が集まる、藩経済の中心地だった。村井さんは「表通りには商人が、裏通りには武士が多く住み、明治維新の白石転封で士族の土地を買い取ったり、時代の流れによって移り変わった町だった」と話し、街角から代々、盛岡の歴史を見つめてきた。
    (鎌田大介)


本ページ掲載内容の無断転載を禁じます
ホームページに関するお問い合わせ、取材に関する情報は
E-Mail:hensyuu@morioka-times.com
盛岡タイムス宛てにお願いします