盛岡タイムス Web News 2015年  4月  9日 (木)

       

■  〈うえだ今昔物語―盛岡市先人記念館資料より〉5 かつて上田だった地域


     
  高松の池  
 
高松の池
 

 前回までは、上田1丁目から3丁目といった現在も所在地が上田となっている場所について紹介してきました。今回は、以前上田と呼ばれていた地にあるものを紹介します。

  盛岡市高松には、桜の名所として知られる高松の池があります。以前この地は「上田堤」と呼ばれていました。上田付近は湿地帯で、あふれる水をせき止めるために、3カ所に堤防が築かれました。その堤防は「上堤」「中堤」「下堤」と呼ばれました。このうち、最も大きい中堤が現在の高松の池となっています。なお、上田の堤付近は、鷹狩りの場所であり、松林の美しさが有名であったことから、「鷹を待つ」すなわち「高松」と名付けられたといわれています。明治39年(1906)には、日露戦争に勝利したことを記念して、地元の有志たちが中心となり、桜の木が上田堤の周りに植えられました。やがて桜の名所となり、平成2年(1990)には日本さくら会から「日本さくら名所一〇〇選」に選ばれています。

     
  上田一里塚  
 
上田一里塚
 


  また、盛岡市緑が丘にあるアネックスカワトク前には、県指定史跡である上田一里塚があります。一里塚は江戸時代、大きな道路のそばに旅行者の距離の目印として、一里(約4`)ごとに設置されました。上田一里塚が築造されたのは、奥州街道筋にあたる場所になります。一里塚は、街道の両側にそれぞれ一基ずつ一対を築くことが原則でした。周辺環境の変化により、上田一里塚は現在一基だけが残っています。平成16年(2004)の台風で上田一里塚にあった松が倒れてしまい、現在は翌年に植え直した松があります。

  これまで、盛岡の古町名展「上田かいわい」で取り上げた場所を紹介してきました。ここで焦点を当てたものは、現在は残されていないもの、現在も目にすることができるものなどさまざまです。紹介したことで町に興味を持ち、足を運んでいただけたら幸いです。=了= (山崎円学芸員)


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