盛岡タイムス Web News 2015年  4月  15日 (水)

       

■  〈口ずさむとき〉431 伊藤幸子 「ななつ星」


 百歳を迎へしかつてのわが駅を新生「ななつ星」出発進行
                                   海老原秀夫

 すばらしく元気の出る新刊書を贈られた。宮崎県にお住まいの大正5年生まれの元駅長さん。3月25日、第三歌集「ななつ星」を発刊。「この程サービス付高齢者向け住宅へ入居することになりました。自宅とは電動カートで随時行き来する所存です」とあり、出版への目標意識が生き生きと示されている。

  「百歳を迎へしかつてのわが駅」とは「山野駅日給八拾参銭の辞令受く昭和はじめの不況のさ中」と第一歌集に詠まれた新任駅のことだろうか。百年の歴史を負って今、21世紀の新生「ななつ星」が走る。2013年10月15日運行、この豪華観光寝台列車はチケット取得倍率の高さでも話題を呼んだものだった。

  「斬新で格調たかき〈ななつ星〉鹿児島本線を颯爽(さつそう)と駆く」の新鮮さ。近代化工事記念には「跨(こ)線橋をささへしレール小さく切り文鎮にして皆に配りぬ」といった場面も見える。

  現在99歳の海老原さんのご本、表紙は日南海岸の砂の色か、明るい絹貼りの黄土色に金色の題字、浅黄色のカバーが春の風を呼ぶ。

  「明治の末から日本人の教育教養がドイツ系のものに変わるにつれて日本は変わった。司馬遼太郎はリアリズムといい、長谷川如是閑は実証主義という。明治の精神を受けつぎモノを創ること、人々が仕事に責任をもった時代が20世紀初期の日本にはあつた」と、辰濃和男著「断章・20世紀」に書かれる。

  明治維新と敗戦と、加えて大正、平成の大震災を思うとき、「百年の計」が新しい語感として響いてくる。「原発もパチンコ店もあらざりし大正時代はよき代であつた」「二・二六事件当日赴任せり駅には号外散乱してゐつ」「赤紙がわれにも届き入隊す昭和十八年九月一日」海老原作品のように、もうナマの声で戦争体験を語る人も少なくなった。

  「沖縄の復帰の年に求めたるオメガの螺子(ねぢ)を巻けば動けり」昭和47年5月15日、沖縄の本土復帰が実現した。海老原さんはその日、オメガの時計を購入されたという。歴史の接点に人生の秒針を定める生き方に感銘。

  「八重山の島へギョボクを贈りしが深夜ラジオの話題となれり」作者は美しいツマベニ蝶の育成指導員としても知られ日南海岸の環境問題に息長く取り組まれ、蝶の本も出された。

  「年齢差九十一の曾孫がわれの生れ日を祝ひくれたり」「県内の鉄道OB六百人その最高齢は我といふはや」富士山頂にも立ち、ネパールの天空も詠まれて、現役百歳歌人のさらなるご健詠を祈りたい。
  (八幡平市、歌人)



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