盛岡タイムス Web News 2015年  4月  18日 (土)

       

■ 〈体感思観〉 啄木の心、尽きぬ憧れ 編集局 藤澤則子


  「啄木は何度も挫折し苦しみ、そのたびに大人になった。真面目に一生懸命生きた人」。本県出身の詩人石川啄木の命日にあたる13日、盛岡市・宝徳寺で営まれた第104回啄木忌法要・講話で、国際啄木学会理事の山下多恵子さんは、そう啄木をしのんだ。

  啄木忌は学芸担当のときに何度か取材しているが、東日本大震災後に参列するのは初めて。久しぶりの啄木忌で強く印象に残ったのが、文学と生活の間で苦しみながらも光を放った啄木の心と命、その強烈な生き方への人々の思いだった。

  「啄木と宮崎郁雨」の演題で講話した山下さんは、啄木が書いたローマ字日記の一文を紹介。「泣きたい!真に泣きたい! 『断然文学を止めよう。』と一人で言ってみた。 『止めて、どうする?何をする?』 『Death(死)』と答えるほかはないのだ。」(本文ローマ字)

  「文学と家族。啄木はそのどちらも捨てることができない。啄木はこう考える。自分はなぜ親や妻や子のために束縛されなければならないのか、親や妻や子はなぜ自分の犠牲にならなくてはいけないのか」

  文学と生活との問題に真っ正面から向き合った、のたうつような日々の記録。啄木は苦悩を経て、「詩人であるよりも文学者であるよりも、人でなくてはならないと新しい自分に到達した」と山下さん。

  没後103年。啄木が苦悩した時代は過去のものになったが、さまざまな選択肢がある今だからこそ、男女問わず二つ以上の問題を抱えて悩んでいる人は少なくない。啄木の姿に自分自身を重ねる人もいるかと思う。

  私自身、県北の町から盛岡の高校、大学に列車で通い、好摩駅、渋民駅のホームに入るたび、かばんの中の「啄木秀歌」に同じ名称を見つけて胸が熱くなった。その後、啄木と作品の奥深さに驚かされてきたが、その言葉に灯火のようなものを感じ、心引かれる思いは変わらない。

  来年は生誕130周年。110年の96年は「日本劇作家大会96盛岡大会―ことばの劇場・せりふの時代 演劇づくしの四日間、賢治と啄木の里に集う。」も開かれ、大いに盛り上がった。

  年が変わっても興奮さめやらぬ某新聞盛岡支局の記者が、「生誕111年で、せんじゅ(川寿、千寿)祭をやろう」と真面目に提案していたことも懐かしい。

  06年の生誕120年は、石川啄木記念館など4館連携で「ザ・啄木展」が開かれ、全国高校生短歌大会(短歌甲子園)が始まったのもこの年だった。


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