盛岡タイムス Web News 2015年  4月  27日 (月)

       

■  〈幸遊記〉224 大場文隆の大般若縁 照井顕


 68歳の誕生日で「幸遊記」掲載日だった4月20日朝、僕はギターを鳴らし歌を唄った。所は宮城県気仙沼市南最知の太白山・海蔵寺(大場文隆住職)の本堂。曲は摩訶般若波羅蜜多心経をうしろから唄う、僕流の「逆説般若心経」や「千年の響」「明日の今日(経)」「南無大悲観世音」「光の羽根」「潮騒の森」などの自作曲。

  「20日に寺で行事あるんだけど、始まる前にチョット唸(うな)ってみない?」。そう電話があったのが数日前で「前泊でもいいし、当日なら朝8時までに来て!」だった。寝たら起きれないので夜中に盛岡を出発して、気仙沼に着いてから、車内でウトウトし以前に何度か海蔵寺で唄った夢まで見ていた。目覚めて見れば、すでに多くの車々。庫裏に入って座ったら、和服姿の女性が運んで来たのは抹茶、そのおいしさに大感動。和尚は「持って来た(ギター)?」僕「はい!」「じゃ始めるから」と本堂へ。「盛岡からジョニーさんに来てもらったので唄ってもらいます」と和尚のあいさつで、僕へバトンタッチ。

  唄い終わって間もなく、本堂に出て来たのは白足袋、白衣、黒衣、木蘭の袈裟の和尚たち30人ほど。机の上に置かれていた経本をものすごい速さでもって、パラパラ・パラパラ・波羅蜜多の如き開経掲。流れ落ちる滝の如きその圧巻的な美しさにただただ見とれ、和尚さんたちの大合唱般若心経を聴く。集いとは、そう、全六百巻にも及ぶ「大般若波羅蜜多経」をひもとき読破する行事「大般若大施餓鬼会」だった。

  主催者、大場文隆和尚は、昭和24年(1949年10月4日生まれ)。考え方は血液型と同じ大(O)型。かつては気仙沼の鼎ケ浦女子高校の教師だった人。もう一つの男子校だった気仙沼高校から駒澤大学へ。卒業後総持寺で修行、笹川財団に就職した経験から、単なる教科書解説員としての先生にはなりたくないと、人生を裏側から教える不良先生を自認。血の通った授業を実践し、地域紙・三陸新報にもよく投稿していた。外では歩くイベンターとも呼ばれ、好きなジャズピアニスト・穐吉敏子さんのコンサートを寺の内外で開いたりもした。そして今、気仙沼に「やすらぎ観音」の奉安を提唱し円成を願いながら、京都清水寺・森清範貫主と釜石大観音の石應寺との仲を取り持ち、来る5月6日には「縁」の講演と一字揮毫会への協力に奮闘中である。
(カフェジャズ開運橋のジョニー店主) 


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