盛岡タイムス Web News 2015年  6月 22日 (月)

       

■  〈幸遊記〉232 照井顕 田代愛のはるかなる愛


 「無駄な語を省き、一語一語に意味を濃縮させた、短い美しい文章を書く。そのコツを小中学時代に徹底的にたたき込む教え方の米国。大学入試すら学力テスト以上に、文章での自己表現の方に一番ウエイトが置かれている」というようなことを、英会話教師として盛岡にやって来た石戸谷愛さんが語っていた。

  あれからもう10数年もたったけれど、当時僕の店によく来ていたお茶屋の田代正さんを気に入って、こういうお父さんの息子さんとなら結婚したいと、まだ見ぬ男性に思いをはせたことから出会い、2007年に結婚。その朗さん(38)との間に生まれた祐詩(ゆうた)くんも間もなく8月で5歳になる。

  時折愛ちゃんと店にやってきて、都道府県庁所在地を各ブロックごとに言い、たし算、九九算、日本地図から世界地図、国旗、最近は元素記号やピアノに興味を持ち、そのすごい暗記力の一端を披露して僕達を驚かす祐詩くん。母の愛ちゃんも、今88歳になった弘前の治子おばあさんに、編み物から、ソロバン、習字、ピアノなどに自然に誘導させられ、おだやかに育てられた子どもだった、と振り返る。

  愛さん9歳の時アメリカの人と再婚した母と弘前で2年。デトロイトで半年。ヒューストンに8年住み、大学時代はボストン暮らし。そのボストン大学では言語学を専攻し首席での卒業。学生時代ロシアの男性歌手ヴェルティンスキーの「水兵の歌」や「私たちの部屋」にはまり、その歌を歌いたいがためにロシア語を、次にはシャンソンのフランス語などと、次々と何カ国語も勉強し覚えての帰国だった。

  盛岡との縁は、ボストンに「イーオン」のオフィスがあって、そこで採用され、ラッキーにも、ふるさとの弘前に近い盛岡に配属されて来たのでした。02年、会社のクリスマス会の会場探しのために僕の店に来たのが愛ちゃんとの出会いだった。確かに彼女はその会で歌も歌った。その後、翻訳会社や短大に勤務。現在は子育て中のため、自分自身の能力を生かしきれていないことから、経済的安定と社会貢献を考え、他国の人にどんな盛岡を発信してゆくのが良いのかを、日本人なら日本人らしく、それこそ真剣に、みそ汁やお茶で、顔を洗って出直すくらいの気構え心構えで自らに臨んで行こうとしている。
(カフェジャズ開運橋のジョニー店主)


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