盛岡タイムス Web News 2015年  7月 16日 (木)

       

■  〈風の筆〉109 沢村澄子 「筆を捨てる」


 5、6年前から右半身が痛む。最初は足首で、膝、股関節からついに肩まで上がってきて、このふた月は、笑っても肩に激痛、それが眠れないほどになった時にはさすがに参った。

  しかし、これがウワサの五十肩かと思いきや、そうではないらしい。病院では原因が分からないと言い、レントゲンも異常ナシ。

  2年くらい前に東京で歩けなくなって、東洋整体の先生に診てもらったら、「右半身の気がありません」と言う。右の陽の気がからっぽで、左半身の陰の気とのバランスが悪すぎ、全てが回ってないという話。では、どうしたら?と質問したら、午前中の陽光を浴びなさい、人と付き合うのをやめなさい(気を遣うから)、食べ物の注意をあれこれ、そして、太極拳に行きなさい。

  それで、通い始めて2年がたったのだが、この太極拳が身体にすこぶるいい。もともと、5本で十分な腰椎が6本あるために、子どもの頃から腰痛に悩み続けてきたのだが、三十数年ぶりにそのコルセットが取れた。血圧も下がった。

  毎回まず30〜40分の準備運動、ストレッチ。初めてそこに加わった日には、ボキボキボキボキ、周りに音が聞こえるくらい骨が鳴って当惑したが、痛い痛いと悲鳴を上げながらも2年間、少しずつ少しずつ伸ばすうちついに、床で開脚して前屈、額が床に付くようになった。

  かといって、太極拳が上手になったかといえばそうでもない。でも、いいの。気にしないの。健康に手足が動けば満足と、毎週、仲間の顔を拝みに体育館へ。そして、そこで、あら、Oさんがお休みだわ、Yさんもきょうは元気ない、大丈夫かしら、なんて思っては、気を減らして逆効果…?

  それでも、学びというものは面白い。太極拳がどういうものか分かるような段階ではないけれど、共に中国産のものだからかどうなのか、書と似ている部分が随分多くあるように思う。

  ところで、話はどんと変わるが、昔、東京のある筆屋では、毎春、東京学芸大書道科、新潟大書道科のその年の入学生の数だけ、ある筆が用意されていた。

  その筆は、軸の直径が1aくらい。毛の長さが6aくらい。三十数年前で、1本2万円を超す値段だった。今もわたしの筆立てを探せばどこかにあるのだろうけど、もったいないからこの20年くらい全然使わない。もう使い方も忘れてしまった。

  面白いもので、同じ筆を持っても、新潟大と学芸大では全く異なる使い方を教わった。新潟大では筆の毛を開いて太い線を引くよう覚えていったし、学芸大では、筆をつって、つって、毛先が今にも紙から離れそうなくらいまで筆を引き絞る書き方。おそらく、一般の人が見たら、それらの線が同じ筆で書かれているとはまず気付かない。しかし、これは、「力の開き方」「力の集め方」を学ぶものだ。

  先日、太極拳をしながら、はたしてどちらの筆の使い方がいいのかしら、なんて考えていたのである。すると唐突に、そうか、筆を捨てればいいんだ、と思われ、いやはや大収穫。太極拳と先生、仲間に感謝。
(盛岡市、書家)


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