盛岡タイムス Web News 2015年  7月 22日 (水)

       

■  〈口ずさむとき〉445 伊藤幸子 「若竹老い竹」


 歌詠みを続け来たりてはや卒寿惚けずひすがらパソコン弄(あそ)ぶ
                                    北口博志

 明治45年4月13日、石川啄木が26歳で世を去った。その7月30日に天皇が崩御し、元号が大正に改められた。のちの世に「大正ロマン」と語られたりもするが、明治の岩盤と革新の昭和のはざまに生まれた人たちの処世観というようなものに思いをめぐらすことがある。

  このほどそんな大正生まれのご長寿歌人の本が出版された。宮古市在住の北口博志さんの第二歌集「宮古の海」である。全国誌「長風」叢書、濃紺の表紙に紫のカバー、金文字のタイトルが荘重さと風格を示し、1ページ3首組みの洗練された内容になっている。

  氏は大正13年生まれ。土建業の父に従い転居ののち昭和8年、宮古市の現住所に居を構えた。12年、岩手中学に入学。18年土浦海軍航空隊(予科練)に入る。20年除隊帰郷。21年巽聖歌主宰の「新樹」入会。平成7年「北宴」入会、19年「長風」入会、25年第一歌集「東門」出版。

  「朝霧のかかれる沖に漁師(あま)のこゑ網起こすらし根滝漁場は」「晴るる日は自転車に乗り河口まで距離をのばして早池峯を見む」作者は漢詩も作られて語感が磨かれている。

  「新樹」改め「北宴」の、岩手県公会堂での毎月の歌会には欠かさず宮古から愛車を駆って参加される。時にはワカメや魚介類を自ら運んでくださって、勉強会より楽しみだ。

  そんな平成20年、思いもよらない不幸に襲われる。「晴れの日のありて次の日大雨に千葉の息子が突然倒る」「葬儀社と結び置きたる契約を子に振り替へぬ唐突の死に」「誕生日八十四歳になりし我誰も祝はず葬儀の仕度」一連は読むのがつらい。

  そして23年3月11日の惨。「かなしみの深すぎたればしばらくを呆然とをり涙も出でず」「大津波海を責むるな海はただ地球の揺れに煽られしのみ」「山削り宅地造成してをりき津波の後の二晩の夢」戦争もチリ地震津波もくぐりぬけてきた87歳の目に映る瓦礫(がれき)の山。

  でも北口さんには他人の真似のできない仕事がある。「世の中の為になるかは知らねどもなつてるつもり耳掻き削り」「竹を割り鋭利な刃物に削り行く若竹柔し老い竹かたし」種々の催しのたびに出席者に配られる耳掻きは、目標一万本の願かけも超えているかもしれない。

  さらにさらに「独り居に晴れも嵐も障りなし家の中なるパソコン操作」「パソコンに年賀欠礼打つなどと去年の暮れは思はざりけり」と、奥様を亡くされた今、パソコンとの会話に忙しくされているようだ。
    (八幡平市、歌人)



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