2014年 9月の天窓


 2014年  9月  30日 ―化石燃料の使用と低炭素社会―
 最近、ガソリンなど化石燃料の節約についての議論が薄くなってきているように思う。東京電力福島第一原発の事故があって国内原発の稼働がゼロになったため、それを補っているのが火力発電ではないか。風力や太陽光といった再生可能エネルギーの開発が大震災以降は熱を帯びてきているが、主力とはなっていない。
▼建設関係業界紙を読んでいたら、世界の国々の自動車と排出ガスの記事が目に留まった。世界には11億台の自動車があって、保有台数の1位がアメリカで2億5千万台、2位が中国で1億9百万台、3位が日本で7千600万台となっている。
▼この車が毎日エンジンをかけると、ものすごい量の排ガスになる。
▼家庭や工場、運輸機関などの排出ガスを合わせると、日本のCO2排出量は年間12億7千600万dにもなるそうだ。そのうち自動車分が約16%で、運輸部門の約9割を占める。世界の排出量は318億dであり、中国が1位で26・9%、米国が2位で16・6%、日本が5位で3・7%と報告されている。
▼近年、電気自動車、燃料電池自動車などの開発、省エネで再生可能エネルギーを導入した都市システム開発など、低炭素化社会実現に向けた研究が進められてきているが、地球温暖化ガスを排出しないエコカーが望ましい。

 2014年  9月  29日 ―2050年の天気予報―
 地球温暖化の要因とされるCO2(二酸化炭素)など温室効果ガスを、このまま排出し続けると2050年の気象はどうなるか
▼23日に開催された「国連気候サミット」では、特別キャンペーンとして専門家らによる科学的予測を基に、14カ国・地域の放送局が36年後の想定気象を映像化。それを「2050年の天気予報」としてサミット会場で上映し、動画で世界に公開した。日本版はNHKが制作
▼21時ニュースで天気予報を担当する気象予報士の井田寛子さんは、サミットにも招かれたが彼女は日本版の解説を担当。36年後の9月23日にタイムスリップした形でその時点の気象状況を伝えている。「お彼岸になっても厳しい暑さが収まりません。仙台では32度〜東京は35度」といつものように始める
▼東京では8月に40・8度を記録し熱中症などの死者が6500人を超えたことにも触れた。熱波の影響で京都の紅葉の見頃がクリスマス頃にずれ、沖縄では海水温上昇でサンゴが白化。美しいサンゴが見られなくなることなどを案じている
▼さらに緊迫した表情で最大風速70bのスーパー台風が接近していると告げ、特に沿岸部には10b級高潮の襲来に警戒をと呼び掛けている。いずれも想定報道なのだが近年の気象の異常が予兆に見える。要因排除に手抜きは許されない。

 2014年  9月  28日 ―増田寛也氏の人口論を聞く―
 経済同友会東北ブロック会議が9月25日、盛岡市内のホテルで開催され、東北・新潟の企業経営者など約200人が参加した。1日目がメーンテーマ「人口急減社会と新たなる東北の創造」と題しての議論、2日目が東日本大震災支援拠点地の遠野視察で、2日間にわたって熱心な討議が交わされた。
▼初日の25日は 日本創生会議座長 増田寛也氏が「人口減の原因と対策」について基調講演した。続いて国際リニアコライダー(ILC)戦略会議議長の山下了氏が「目指せ、東北ビックバン―ILC国際リニアコライダー実現に向けて」と題して講演をされた。
▼その後、各県の代表幹事が所見を述べ、共同アピールを発表、次期開催地青森県代表幹事のあいさつで初日の会議が締めくくられた。
▼増田氏は、「日本の出生率と出生数の推移」から図表で説明に入ったが、2013年の出生率は1・43、出生数は103万人と過去最少になっている。このままで行くと2050年に日本の人口は急縮し、消滅可能都市が、やがて49・8%になる可能性がある。
▼会場からは、「なぜこのようになったのか、何が原因か」などの疑問がささやかれていた。増田氏は「各市町村毎に具体策を立てること」「地方への人の流れを変える」「地方に仕事を造る」などの提言がなされた。

 2014年  9月  27日 ―独居高齢者の話を聞く―
 近隣でも独り暮らしの高齢者が増えている。地元自治会では男女別に傾聴グループを編成。訪問懇談を続けている
▼訪問者は先方の話に耳を傾けるのが任務。当方も男性3人を担当し間合いを考えつつ訪ねている。3氏は年金生活者で散歩を欠かさない。スーパーなどが近くにあるから買い物にもよく行く。最高齢は81歳で元会社員。食事作りを楽しむ。78歳の元営業マンは読書家
▼76歳の元自動車整備士は温泉を愛好し名湯解説が得意。それぞれ話題に味があるが最近の3氏は一様に消費増税批判が加わる。「敬老の日」に訪ねた81歳氏は、物価スライドで年金が減額されそれに消費増税が重なったことに憤慨。何かで見たという川柳までつぶやく
▼「消費税年金減らされ敬老と」…。老齢者を敬う日の訪問にぶつけた形だがまずは傾聴。全く同感と笑顔で握手したが、氏は表示した商品価格に消費税を含めず、8%分は外税とし別加算することを容認した国の方針にもかみつく。表示価格は消費税を含むと思い込む客は支払い時に慌てることになる
▼この問題は読書家と温泉愛好家からも聞いた。外税徹底の手抜きは明らかで国の消費者軽視に3氏の目は厳しく、次の10%移行も延期をと口をそろえる。当方も深く傾聴。3氏3様に年齢相応の見識を持ち元気なことが心強い。

 2014年  9月  26日 ―ソニーの赤字決算―
 25〜30年前の企業研修といえば、ソニーがお手本であったように記憶している。ビデオ画面などに出てくる井深大氏や盛田昭夫氏の姿が目に浮かぶ。招集を受けて、よく事例研修に学んだものである。そして、土光敏夫氏が朝ご飯でメザシを食べている姿がよくテレビに映されたものだった。
▼世界に名だたるソニーが2015年3月期の決算で2300億円の赤字となる見込みである。従来の赤字予想500億円から大きく膨れ上がってしまった。
▼56年前の上場以来、初めて年間配当を無配とし、約1千人規模の人員削減を行うと発表した。宮城県登米郡などではソニーを誘致して、農村の雇用の受け皿にしてきていたが、その形態が大きく崩れて問題になっているとか。
▼液晶テレビが中国や韓国製品に押されてしまった。次の主力ともくろんでいたスマホも他国メーカーの台頭で思うような結果を出せず、巨額の赤字を抱え込む結果となった。
▼ものづくりを標榜し、日本を代表するソニーの経営不振は何が原因なのか。世界の潮流や変化を読めなかったというのか。それとも、価格攻勢に太刀打ちできなかったというのか。とにかく、大企業病に侵されていたのは確かだろう。技術開発に手をこまねいている間に中韓などの強豪に押し込まれてしまったのだろうか。

 2014年  9月  25日 ―墓参りのゆかしさ―
 高浜虚子は「秋彼岸にも忌日にも遅れしが」と詠んでいる
▼「子規墓参」と添え書きがあるから、病没した先輩俳人正岡子規の秋彼岸供養にも、9月19日の忌日にも参上できなかったので「遅れましたが墓参しました」という趣旨になろうか。高浜は6歳上の兄のような子規から俳句を学び、本名の「清」に重ねた「虚子」の号も授けられている
▼誰でも多忙な時にはお盆にも彼岸にも墓参ができないことがよくある。当方も省みればそれが何度あったことか。私事だがわが家の墓地は民営墓苑にある。分家初代の亡き父が生前に購入したものだ。既に両親の霊骨を納めているので昨今は旧盆、春秋の彼岸、祥月命日には極力足を運ぶ
▼今回の彼岸も快晴の23日に墓参をした。鳴き納めのツクツクボウシに耳を傾けキンモクセイの芳香が漂う中、墓碑も洗い清め追善の祈りをささげてきた。お墓というのは不思議なもので亡き父母の在りし日や、会話の声までがよみがえってくる
▼先人が生み出したこの伝統に感謝したい。虚子は弟子の立場で冒頭句以外にも子規墓参を詠む。「子規墓参今年おくれし時雨かな」と、大幅な遅参を律義につづる句もある。それは「わが墓参済むを静かに待てる人」がいるからなのだ
▼訪ねる人がいて待つ人がいる。そこに墓参りのゆかしさがある。

 2014年  9月  24日 ―穏やかな秋のお彼岸―
 秋のお彼岸は晴天に恵まれてとても穏やかな日が続いている。
▼彼岸の入りは知人の火葬に、そして有名人の講演会があって夕方まで聞いた。盛岡市の火葬場に行く途中、報恩寺の前の坂道を歩いていたらクリのイガが落ちてきた。靴で挟んで2個ほど拾ったが、大きくて立派なクリであった。クリは家に持ち帰って蒸してから仏壇に供えて拝んだ。北山の寺院前には臨時の花屋さんが店を開いていた。
▼翌日の日曜日も、青空だったのでススキとハギを見るために相ノ沢牧野、お山の湯方面に出かけた。紅葉はまだ早かったが、山の斜面のススキと紫のハギがとてもきれいだった。
▼旧満州から岩手山麓の開拓団に入植されたという姥屋敷の辺りを回ってから相ノ沢牧野に行った。放牧されている牛が幾つかの群れをなして草を食んでいる光景をしばし眺めた。両端の大きな牛がリーダーなのか、叫びながらこちらを監視しているようだった。周りの牧草地には飼料となるデントコーンが一面に植えられている。草を刈った原野では大型機械を駆使して、草をロール状に巻き上げる作業や畑おこしが行われていた。
▼お山の湯の入り口のモンゴル村ではモンゴルの遊牧民の家ゲルが5棟ほど建てられている。温泉のテレビではモンゴル出身の力士が大活躍していた。

 2014年  9月  23日 ―大惨禍の共有意識―
 広島の原爆死没者慰霊碑には「安らかに眠って下さい 過ちは繰(くり)返しませぬから」と刻まれている
▼戦争と原爆投下。この「過ち」は繰り返さないと誓う言葉だが、誓うのは誰か。米国首脳か。そんな論争もあったが碑文制作当時の広島市長の言葉から、「誓うのは人類一人一人」と解釈されている
▼市長は「碑にぬかずく一人一人が責任の一端を担い、犠牲者にわび過ちを繰り返さないと深く心に誓う」(要旨)と述べている。国民個々が惨禍を防げなかった責任の一端を担うとの崇高すぎる姿が浮かぶが、この共有意識は大きな力となろう
▼規模も背景も異なるがその態度は3・11大震災・原発事故対応にも示唆に富む。発災から3年半が過ぎ被災圏外の風化が顕著になりつつある。国民一人一人が惨禍を共有し災害で2度と死者を出すまいと誓い、防災に万全を期すなら今後の大震災時にも威力を発揮しよう。圏外者の発奮に期待したい
▼一方、被災地の啓発活動は今も熱い。21日のNHKでは原発事故地元の子らが詩人の和合亮一氏の指導で「百年後の子どもたちへの手紙」を書く姿を伝えていた。百年後に浪江町に人は住んでいますかと問う女子高生の手紙もある
▼文意から《私たちの時代に安心して住めるようにしておくが》との未来への誓いも読み取れる。

 2014年  9月  22日 ―新幹線の歴史と未来―
 東海道新幹線の東京―新大阪間が開業して50年を迎える。前回の東京オリンピックの開催に合わせて、1964年10月1日の開業であった。開業時は0系車両で、最高時速210`であった。その後の車両のモデルチェンジで、現在は270`、東京―新大阪間2時間25分だが、来春は285`にアップされ、さらに2、3分縮まる見込みである。
▼新幹線網は、東海道新幹線に続いて、72年山陽新幹線新大阪―岡山が開業、そして東北新幹線の大宮―盛岡間の暫定開業が82年だった。その後、85年の上野開業、91年には東北・上越新幹線が東京駅に乗り入れした。97年北陸新幹線高崎―長野間、2002年八戸開業、04年九州新幹線新八代―鹿児島中央、10年盛岡―新青森間が開業し、最高時速320`で走っている。
▼来春には北陸新幹線長野―金沢間開業、16年には北海道新幹線新青森―新函館北斗間の開業が予定されている。新幹線網の拡大によって、移動時間が短縮され、日本地図が縮まった。整備新幹線効果をこれからどのように生かすのか、国全体で練り直さなければならない。
▼さらに今秋には、リニア中央新幹線の品川―名古屋間の着工があり、完成の暁には時速505`で走る計画である。航空機との競争の図式も変わってくるのではないか。

 2014年  9月  21日 ―少女期の夢貫く吉永さん―
 大女優として活躍する吉永小百合さんは、大戦末期の1945年3月13日の生まれ
▼日本の戦後史とともにラジオやテレビ、映画を中心に芸道を歩み今69歳。小学6年の時(57年)にラジオドラマ「赤胴鈴之助」でデビュー。後にテレビドラマ化し継続出演。そこで夢を広げたのだろう。小学校卒業時には「私は将来、映画俳優になりたい」と書く
▼それは具体化し59年に「朝を呼ぶ口笛」で映画デビュー。脚光を浴びたのは62年にヒロインを演じた「キューポラのある街」だ。この演技で17歳の彼女がブルーリボン賞主演女優賞に輝いたのである。これを機にサユリストと呼ばれる熱烈ファンが各地に誕生する
▼歌手としても才能を発揮。デビュー曲「寒い朝」がヒット。「いつでも夢を」は第4回日本レコード大賞を受賞。これら青春の快挙から半世紀がすぎ、吉永さん自ら企画を進め主演もした映画が来月公開される
▼「ふしぎな岬の物語」(成島出監督・森沢明夫原作)と題するこの作品は、岬の喫茶店を舞台に女性店主と集う人々との優しく温かな交流を描く。モントリオール世界映画祭でも注目され、最高賞に次ぐ審査員特別大賞を射止めた。受賞式で吉永さんは滑らかにフランス語であいさつ。当人は練習したと笑うが何事にも心を込めるところが吉永さんらしい。

 2014年  9月  20日 ―きょう秋の彼岸入り―
 江戸時代、城下盛岡には80余りの寺院があったようだ。現在では50余りとなっている。
▼盛岡南部藩は繰り返される冷害、飢饉(ききん)、大洪水や津波などの被害で苦しんできた。当時、人々の心のよりどころが寺院にあったのだろう。今日でも昔とさほど変わってはいないのだが、別な見方をすれば文明が進んで物資は豊かになったものの、問題が複雑になってきて、やりきれないような空しさを感じるときがある。
▼20日から秋の彼岸に入った。暑さ寒さも彼岸までというように残暑収まって秋風爽やかというか、朝晩は肌寒いほどに気温が下がってきた。秋分の日の23日を中日として、前後3日間の1週間がお彼岸である。これは、春彼岸にも当てはまり、春分の日を中日に前後3日間が春のお彼岸とされ、年2回のお彼岸がある。
▼さまざまな説はあるが、仏の教えでは、西に沈む太陽は、古来から人類の敬虔(けいけん)な祈りの対象であった。太陽に手を合わせ、祖先を思う観想は、東洋では古くから行われており、日本では「日拝み」という言葉が彼岸の発音に転じ、哲学的な字が充てられたとも考えられている。
▼一年のうちで一番過ごしやすいこの時期に、ご先祖さまの墓前に花を手向けて線香をささげるのは、心がすっきりするものである。

 2014年  9月  19日 ―山本投手が最年長記録―
 プロ野球では若手の歴史的快挙などでも、すぐ熱くなり一層応援したくなる。一方年長者で浮き沈みも経験し引退もささやかれる選手の壮挙には、年に負けず今後も飛躍をと声援を送りたくなる
▼今季も終盤の折、脚光を浴びる年長者といえば中日の山本昌広投手だろう(登録名・山本昌)。1965(昭和40)年8月11日生まれで49歳をすぎたところだが、プロの投手は文字通り一挙手一投足が全力投球でかなりの力仕事。49歳もこの世界では若くはない
▼山本昌投手もかつて90年代には年19勝、18勝も挙げたが、3年前には右足首を痛め手術をし、その年は1軍2軍ともに出場がない。だが腐らず年俸60%減でも契約を更改。翌年は3勝、昨年は5勝と星も落ちたが投げ抜いている
▼迎えた今季は2軍スタートでちらっと絶望感がよぎるが、自分をむち打ちフォームも研究し練習に打ち込む。再び1軍に戻り今月5日には阪神戦に先発し今季初の勝利。これは価値ある1勝でこの日が49歳25日の昌投手。それは日本プロ野球最年長勝利記録となる
▼1950年に元阪急の浜崎真二投手が記録した48歳4カ月を、64年ぶりに塗り替えた壮挙となったのである。49歳25日は「試合出場・先発登板・奪三振」などでも最年長記録となった。健康を祈りつつ一層活躍をと叫びたくなる。

 2014年  9月  18日 ―スコットランドの独立運動―
 スコッチウイスキーの古里であり、森と湖のスコットランドで独立運動が沸き起こっている。
▼英国北部のスコットランドの独立の賛否を問う住民投票は18日に行われるが、19日には結果が分かるだろう。イングランドとスコットランドが連合を経て合併してから300年以上にもなるという。連合王国を形成するイギリスから分離・独立国が出るのだろうか。
▼一部マスコミなどが報じるところによると「独立賛成派」が過半数を占めているという。1票でも独立派が多く獲得すれば、16年3月24日で独立が宣言される決まりになっているとか。いったい何が原因なのだろうか。これまでに至った経緯は、根の深いうっ積が表面化したのではないか。
▼保守色の強いイングランドがロンドン中心の政治を進めてきた。それに対して、スコットランド内選出議員59人のうち、保守党系はただの一人で、キャメロン政権に対しては批判的立場をとってきていた。こうした中央政府寄りの政治がなされてきている中で、自治政府のサモンド首相は英国政府が目指している公的医療サービスの民営化施策などに批判を広げてきていると言われている。北海油田の開発が見込まれ、利害関係も出ている。
▼スコットランドでの独立の動きが、北アイルランドにも影響してくるだろうか。

 2014年  9月  17日 ―腕時計型の多機能携帯―
 先週末に上京した際、山手線の車中で時刻を見ようと、携帯電話を探したがない。自宅に忘れたのだ
▼駅ホームの時計で時刻を確認しながら、20年ほど前に携帯電話を使い始めしばらくしてから、自分の腕時計を近所の高校生にプレゼントしたことを思い出す。時刻は携帯で見る時代が到来したのだ
▼先週も都内はまだ暑く車内の乗客も半袖姿が多い。見回しても腕時計をしている人は少ない。数人の女性が凝った装飾をした腕時計をしていたが、それはおしゃれ用の装身具なのだろう。彼女たちも時刻表示のあるスマートフォンを手に持ち、指を動かしていた
▼昔は腕時計着用が必須だったが今は、それを持たないのが最先端という意識も普及し、距離は遠のいていた。だが時流は変化。近年は腕時計と携帯電話を一体化させた新商品の開発が進む。日本のソニーなどが腕時計型多機能携帯電話(スマホ)で先行したが、海外大手も巻き返す
▼米アップル社も今月9日に来年発売の新商品「アップルウォッチ」を初披露した。これも多機能が売りで腕時計スタイルに従来のスマホ機能のほか、心拍数計測装置も備え健康管理などにも踏み込んでいる
▼衝動買いをしたくなりそうだが遠からず後期高齢に入るわが身。次は忘れるどころか紛失などしないかと周囲もうるさい。

 2014年  9月  15日 ―岩手の人車鉄道―
 明治20年代に人車鉄道が地方の鉄道として開業するところがあった。これは客車をレールの上に載せて人力で押すものであった。鉄道馬車よりも早い段階で普及したものだろうが、日本では、明治29年3月13日に、熱海(伊豆)―小田原(相模)間で「豆相人車鉄道」が開業した。ここでは8人乗りの客車を3人の車夫が交代で押すものであった。
▼本県においては、明治34年7月、和賀郡岩崎村に本社を置いた雨宮仙人山製鉄所が明治38年8月30日、和賀軽便鉄道株式会社を興して、黒沢尻町里分に本社を置き、八木太三郎氏が社長に就任した。翌年から和賀軽便人車鉄道株式会社を興したのが始まりで、明治40年6月30日、黒沢尻―鳥谷森停留場間が開通した。人車鉄道は数人が1チームになり、始発から終点まで全線を押し通す方法と、1チームが一定区間を受け持つ方法があった。
▼この開業に関わった八木太三郎氏の孫に当たる八木久男さん(滋賀県野洲市在住)が関係の写真などを持参して先日、盛岡タイムス社を訪れた。ネットで日刊岩手建設工業新聞社発刊「いわて鉄道物語」を検索して、祖父が和賀軽便鉄道の開業に関わっていることを知り、現地訪問されたとのこと。
▼県内では、松尾鉱業の専用人車軌道が、大正4年ころに寄木―大更間で開業した形跡がある。

 2014年  9月  14日 ―照井翠さんの句集「龍宮」―
 俳人で高校教師の照井翠さんは3・11のあの日、勤務先の釜石で被災。多くの亡きがらも目にし鮮烈な句をたくさん詠む
▼昨年は震災鎮魂句集「龍宮」(角川書店)を出版。被災地はじめ全国的にも反響を呼ぶ。例えば「なぜみちのくなぜ三・一一なぜに君」の句は、とりわけ犠牲者の親族や近しい人たちにとっては、実感そのものだから心を揺さぶられる
▼「なぜにこの娘が、息子が、母が父が、生まれたばかりのあの子が…」と、定めの理不尽に悲憤し落涙していたからである。句集には「ランドセルちいさな主(あるじ)喪(うしな)ひぬ」と、哀切な光景をつづった作品もある
▼照井さんは無念の最期を迎えざるを得なかった人たちが、海中に龍宮城のような美しい所があるならそこで安らかにすごしてほしい、との願いを込め句集の表題を「龍宮」にしたという。それを象徴するように「いま母は龍宮城の白芙蓉」とも詠んでいる
▼地震に津波、原発事故の三重苦も見据え、国は何をしている、神様は?と切り込む句もある。「三・一一民は国家に見捨てらる」「三・一一神はゐないかとても小さい」と。神についてはいても力が小さいと風刺を交えて詠む
▼照井さんは月刊文藝春秋今月号にも「釜石 二〇一四 空蝉(うつせみ)」と題し、震災詠7句を載せている。

 2014年  9月  13日 ―昭和天皇実録の公表―
 戦後69年を経て、宮内庁が9月9日付で、昭和天皇の生涯を記録した「昭和天皇実録」の内容を公表した。
▼中央・地方の各新聞社はその内容を9日付で掲載し、ほぼ全紙の記事に目を通し、さらにその記事を資料として保存している。
▼宮内庁によると、使った資料は「侍従日誌」など非公開の内部文書や侍従長「百武三郎日記」など約40件の新資料を含む3152件であるが、研究者によると「通説を覆すような記述はない」としている。
▼満州事変から日中全面戦争に拡大した1937年7月5日の実録などで、米国との協調を志向した天皇が、ドイツとの関係強化に動く陸軍の「策動」をとがめ、板垣征四郎陸相に「陸軍の体質に関する御批判・御不満」をぶつけた、と記した。また、勝算がないまま対米開戦を主張する日本海軍の作戦も、41年7月31日「捨て鉢の戦にほかならなず、誠に危険」と危惧されている。
▼先の大戦では南方海戦で実父を失い、悲哀をなめ、戦場であった現地に遺骨収集に出掛けるなどしてきた。そうした長い人生の中で多くの戦史ものも読んできている。実録では「軍部専横、止められず」の記述になっているが、天皇陛下のご指示で大戦に至らない方向にかじを切れなかったものかと、いつも誰にということなく問い掛けている。

 2014年  9月  12日 ―健康で長寿をと願う高齢者―
 「私のお墓の前にテレビ置いてください そこで私はぜひとも 東京五輪見たいから」
▼これは当方地元町内会にある「後期高齢者が勝手に盛り上がる集い・寿会」が先日催した懇親会で飛び出した「千の風になって」の替え歌だ。元歌ではいないはずのお墓に「私はいる」との設定が面白くもの悲しい
▼9月は敬老シーズンで各種行事があるが、こういう肩の凝らない会も当事者から歓迎されている。当方も初参加したが皆が談笑を弾ませ健康長寿の大切さを確認し合っていた。「先が短いから今を楽しもう」というのが会の趣旨だというが、自発的な歌もあり漫談もありで確かに雰囲気もいい
▼冒頭の歌も司会あいさつをさえぎり、ギター片手に登場した87歳の老紳士が勝手に歌い出す。それが喝采を浴び話題の糸口にもなる。「五輪まで6年。互いに元気に生き抜こう」と呼び掛ける人もいた。座談に興じていた老紳士は再びマイクを握り替え歌の種を明かす
▼有料老人ホーム協会公募の「シルバー川柳」14年入選作の中に、「どこで見る東京五輪天か地か」の句がある。生きて地上で見るか昇天しあの世で見るか。この問いに持病のある士は「無理だな。墓の中だな」と自答。替え歌ができたという
▼老齢者が互いに「健康で長寿を!」と語り合う光景には胸を打たれる。

 2014年  9月  11日 ―実りの秋と敬老の日―
 8日は白露(はくろ)で十五夜でもあった。旧暦の8月15日は、十五夜の望月といい、仲秋の名月の呼び方もなじみがある。7月を初秋、8月を仲秋、9月を晩秋といい、その8月の十五夜が満月だからである。
▼そして9日は重陽(ちょうよう)で、菊の節句と呼ばれている。この日は酒に菊の花を浸して飲み、健康長寿を祝う慣わしがある。
▼台風14号が発生したが、進路が太平洋東方にそれ、東北地方へ大きな影響がなくてよかった。朝晩の涼風が気持ちよく、水田は黄金色に輝き、リンゴなども収穫が始まってきた時期。盛岡地域でももち米の稲刈りが盛期で、昨年9月には台風の被害に見舞われただけに、農作物への被害がないことを祈る。
▼先日は花巻市の温泉で中学の同級会があって一泊してきた。同期生300人ほどのうち50人弱の出席であった。今回が最後の同期会とする旨の案内であったためか、大阪や東京方面からも参加者があった。70代となり身体の強弱はいろいろだが、まだまだ若いと感じた。
▼宴会場ではカラオケが人気で、一人で3曲、4曲と歌う人が多く見られた。老人クラブなどではカラオケ同好会が高い人気を集めているのだろう。高齢者の生きがい対策に手を打たなければならない。15日は敬老の日。実り多い老後であってほしい。

 2014年  9月  10日 ―大谷翔平が歴史的壮挙―
 日本ハムの大谷翔平選手は奥州市の出身。名前は父が付けた。平泉ゆかりの源義経が飛んで敵と戦う故事にちなみ「翔」とし、これに平泉の「平」を加え「翔平」にしたという
▼花巻東高を経て日本ハム入りし今季が2年目。20歳だが名前通りに表情も思考も常に平静。戦場では二刀流のさえを見せ好投手・巧打者として、翔(と)ぶがごとくに戦績を伸ばしている
▼投手としては今夏のオールスター第2戦(甲子園)に先発した際、1球目が球速161`で自己記録を更新。2球目は日本人最速の162`を投げ観衆をどよめかせた。この日は23球を投げて12球が160`以上となり、投球の深化に専門家も舌を巻いている
▼一方、今季は8月26日のソフトバンク戦に勝ち10勝となり念願の2桁を手中にする。この大谷が今月7日のオリックス戦では打者で出場。歴史的な快挙を成し遂げた。4回1死で打席に立った大谷は体を大きく反らせながら直球をたたき、今季10号の弾丸ライナー本塁打を放ったのである
▼同一シーズンで二刀流選手が2桁勝利、2桁本塁打を達成したのは日本初だ。世界では米大リーグのベーブ・ルースが、レッドソックス時代の1918年に記録した13勝、11本塁打以来96年ぶりの壮挙である
▼今季の残る試合を含め二刀流の一層の飛翔が楽しみだ。

 2014年  9月  9日 ―錦織圭選手の全米オープン決勝―
 先週は第2次安倍改造内閣が新聞・テレビをにぎわしていたが、今週は、なんといっても、日本テニス界にとって4大大会で初の世界チャンピオンの誕生の懸かった全米オープン男子決勝ではないか。
▼米ニューヨークで行われているテニスの全米オープン男子シングルス準決勝で、錦織圭選手がランキング世界1位のジョコビッチ選手(セルビア)を撃破、4大大会で日本人初の決勝進出を決めた。錦織選手は準々決勝で同4位のワウリンカ選手(スイス)を4時間を超える熱戦の末に下し、全米オープンで1918年の熊谷一弥さん以来、日本人で96年ぶりの4強入りとなった。さらに準決勝勝利と決勝進出と躍進は続き、日本中を喜ばせた。
▼決勝は日本時間9日午前6時から。錦織選手には4大大会男子でアジア選手として初の優勝という期待もかかる。
▼決勝の相手は同16位のマリン・チリッチ選手(クロアチア)。最速212`の高速サーブで相手を圧倒し、ポイントに結びつける25歳の強敵。ランキング11位の錦織選手は24歳で同世代。これまで全米大会では2度対戦し、1勝1敗の五分。実力は互角とみていいだろう。これからの男子テニスを引っ張る可能性を秘めた2人の対戦だ。錦織選手が今大会の充実ぶりを決勝でも発揮して優勝してほしい。

 2014年  9月  8日 ―悲しい女児虐待事件に思う―
 子ども同士のいじめも深刻だが、大人による幼児虐待も後を絶たない
▼一昨日のテレビで報道された「あいりちゃん事件」も残酷だ。この女児は母と元夫との間に生まれたという。元夫の暴力から逃げ母は茨城の実家に娘を連れ戻る。だが直後に生後10か月の娘を親に預け出て行く
▼女児は祖父が大事に育て保育園にも通う。母はたまに会いに来たが5歳の時「ママと暮らしたい」という娘を連れ帰り横浜で暮らす。母は既に夫と離婚し別の男と同居。女児の受難がそこから始まる。男による虐待は日常化し母もそれに同調
▼事件は12年7月に起きる。娘が誤って母の足を踏む。母は怒り娘の顔をたたき風呂場で顔に激しくシャワーを浴びせる。男も女児の顔を浴槽に沈めその後、肩を蹴る。女児は頭を浴槽に強打し息絶えてしまう
▼母と男は遺体を雑木林に埋めて遺棄。児童相談所も警察も動き白骨遺体が発見されたのは昨年4月。母と男は傷害致死と死体遺棄容疑で逮捕。今年6月に男には懲役8年、母親には今月5日に懲役2年の判決がそれぞれ言い渡された。この刑罰すら空しくなるほど悲しすぎる事件だ
▼女児も当初は虐待の恐怖をつぶやいていたというが、子らの初期「SOS」をどう察知するか。地域で監視カメラより鋭敏な人間の目を光らせ苦しむ子を守りたい。

 2014年  9月  7日 ―消費税増税から5カ月―
 消費税が8%に上がってから5カ月が過ぎたが、本県の景気は改善されていないとみる。
▼今夏は猛暑が続き、その後は連日のように雨降りに見舞われた。最近、盛岡市内のスーパーに入って気にかかっていることがある。昼時の客がめっきり少なくなってきていることだ。レジ係の人員も減り、客の行列が見られなくなった。上田や本町通でのことだが、そのほかの町では特段に変わっていないのだろうか。
▼盛岡広域圏の消費者行動がここ数年の間にすっかり変わっている。大型ショッピングセンターや住宅街が、郊外や矢巾・紫波町方面に形成されたことによるのだろう。以前はにぎやかだった青山町、みたけや松園は人通りが少なくなっている。住宅街の高齢化で商店街の元気もなくなってきている。
▼地場の店や農産品などの売り上げも一向に上昇していないのではないか。政府は、全体的には景気が少々改善されてきていると報告しているのだが、復興需要にからんだ特定の業種を除いては景気も雇用も不調であると言わなければならない。
▼数値の上では、復興工事や付帯した資材業などの売り上げが底上げしている。東京圏の大手建設業も売り上げを伸ばしているようだが、自動車などは落ち込んでいる。実態経済や雇用の現場をよく見なければならない。

 2014年  9月  6日 ―五輪事業下の被災地復興―
 20年東京オリンピックの中心会場は、現在の国立競技場(東京都新宿区)を建て替えて造られる
▼新競技場は収容人数の規模も現在の約5万4千人から8万人に増設される。今の競技場は観客席の一部に屋根があるだけだが、これを開閉式の屋根を備えた全天候対応のドーム型スタジアムにする。加えて大災害時帰宅困難者などの避難所機能も備えるという
▼スケールの大きい国際的スタジアムが誕生するのだからわくわくさせられるが、この大工事は現在の競技場の解体から始まる。当初計画では本年7月に着手予定だったが、業者を決める入札が不調に終わり延期となっていた
▼素人なりにはらはらして見守っていたが先月27日に、再入札による業者決定が発表された。解体工事は今月中に着手し来年10月までに完了。その後、19年3月完成をめどに新競技場建設に入る。解体工事の落札額は約38億7千万円。これを除く総工事費は資材高騰などで当初予算を超え、1600億円を上回るという
▼五輪関連の事業は幅広く展開していく。事業者も働き手も多くが東京へ吸収されそうだ。地方は大丈夫だろうか。被災地復興がさらに遅滞しないかと不安もよぎる。地方創生、復興の新大臣に手腕発揮を望む
▼あちらを立てつつもこちらの進展には一歩も引かずに奮闘してほしい。

 2014年  9月  5日 ―インド首相の来日―
 インドのモディ首相が就任後、世界最初の本格的な外遊先として日本を訪れ、8月31日には京都、1日には東京・迎賓館などで安倍首相らの歓迎を受けた。
▼インドは人口12億人超とも言われており、中国に次ぐ巨大市場である。モデイ首相は、モディノミクスと呼ばれる経済政策のもとで、インフラ整備や外国投資の誘致を進め、日本に協力を求めている。1日のトップ会談では、モディ首相が「21世紀のアジアがどんな世紀になるかは日印の動きで方向が決まる」とし、安倍首相も「最も可能性を秘めた関係だ」と表明した。
▼日印共同声明では、今後5年間で日本の対印直接投資・進出企業を倍増、官民合わせて3・5兆円の対印投融資実施、インドのインフラ金融公社向けに約500億円の円借款供与などを宣言した。
▼今後は、主要都市間の地下鉄整備や高速鉄道建設などの交通インフラや電子産業工業団地の設置などを後押しする。また、両国は外務・防衛閣僚級協議創設を念頭に置いて対話強化や安全保障分野で連携を深める姿勢を打ち出した。
▼海洋進出を強める中国けん制の狙いもあり、海上自衛隊とインド海軍の共同訓練の定期化なども合意された。2015年には安倍首相訪印が確認され、今後、オーストラリアを加えた三カ国の連携が注目される。

 2014年  9月  4日 ―堅実に地方潤す流れを―
 テレビなどで「うん、給料が上がったよ」とはしゃぐ声を耳にすると、当地では「どこの国の話?」といぶかる人が多い
▼春闘を経て給料をアップした一部大企業系からも距離があり、中央からも遠い地方の場合は景気浮揚の流れも、1周も2周も遅れて到来するのだろうか
▼ネットで「給料が上がりましたか」と問う調査で「上がりませ〜ん」とやや投げやりな応答があったが、全国的にもそれが多数派かもしれない。「上がったのは消費税だけさ」とぶぜんとする人も少なくない。それにアベノミクスがもたらした円安による輸入原材料の高騰で、今夏は食品値上げも相次ぐ
▼牛乳、バターをはじめハム、ソーセージ。小麦粉、パン、缶詰などから菓子類に至るまで値上げは広範に及ぶ。価格はそのままで分量を減らす手法も登場した。消費増税に加えこの値上げラッシュに、家計を預かる主婦らは悲鳴を上げじっと給与明細を見る
▼ところで厚労省は毎月、勤労統計調査をしているが一昨日発表した速報によると、今年7月の労働者1人当たりの平均賃金を示す「現金給与総額」は、昨年の7月に比べ2・6%増えている。給与総額は36万9846円で5カ月連続の増加だという
▼こうした上げ潮データも厳しい家計と戦う県民には夢物語だろう。堅実に潤す流れがほしい。

 2014年  9月  3日 ―日中友好は民間から―
 香港、台湾、中国などから日本へ訪れる旅行者が伸びているようだ。特に香港は昨年の3倍に伸びているのだが、中国からの旅行者が増えているのは明るい兆しである。円安で割安感が高まっていること、航空会社の安売りの影響などによるのではないか。
▼そんな中で、やはり一度日本を訪れてみれば、安全で親切でサービスが行き届いた旅が何とも言えない満足感になっているようだ。そのような「おもてなし」の心がリピーターを増やしている。とは言っても、これは一時的な現象であれば、気を緩めるわけにはいかないのだが、今日の日中、日韓の国際関係が芳しくないことを推し量れば、うれしいことである。
▼岩手山西会は、本県と中国山西省との交流を始めてから28年が経過した。先日開かれた総会では30周年に向かって準備に入ることにした。かつて花巻空港から20回の国際チャーター便を運航し、約2200人の県民を派遣している。このところは「政冷」の影響もあって滞っているが、こんなときこそ定期便を利用するなどして民間交流を図るべきという意見が多かった。
▼民間による交流を絶やさないようにすることを誓い合ったのは、日米中は経済大国であるので、「政冷」どころか「経冷」の状態までも続けるべきではないからだ。

 2014年  9月  2日 ―内閣改造の狙い―
 一昨年12月に発足した安倍内閣は、閣僚を一人も失脚させることなく今も続いている
▼既に600日を超え戦後最長記録を更新中だ。だが長さは惰性も生む。安倍総理は人心一新の名目であすにも内閣改造を実施するという。女性抜てきなどで新鮮さをアピールする意図もあるだろう。経歴などから大臣席を待ちわびる面々の一部を登用し、待機組を刺激する狙いもあろう
▼顧みると12年9月の自民党総裁選は5人が立候補。党員票を含む第1回の投票では石破茂氏が圧勝。安倍氏は2位。議員票のみによる上位2氏の決戦投票では安倍氏が逆転勝利し新総裁となる。同年末の衆院選で自民党は民主党から政権を奪還。安倍総裁が総理に就任し現在に至るという事情もある
▼自民党の次期総裁選は1年後だ。今この時期に石破氏というライバルの身も心も、閣内に取り込みたいという私的戦略も改造の目玉に違いない。もし次に石破氏に敗れれば安倍政権の命脈は尽きるからだ。両者は駆け引きに火花を散らす。石破氏は安倍氏指定の閣僚は固辞。他省なら受ける意向を示したというがどう推移するか
▼ところで昨年7月、日本もナチスが民主憲法を骨抜きにした手法に学び、憲法を改正したらいい(要旨)と問題発言をした閣僚は留任なのか。これは改造の本気度の目安になる。

 2014年  9月  1日 ―9月も災害に備えを―
 早くも9月に入った。長月(ながつき)といわれているが、これは陰暦9月の異称である。
▼長月草というのは菊の別称とされている。季語は秋になる。9月1日の暦を開いたら「二百十日」と表示していた。立春から数えて二百十日のことで、わが国では古来から、暴風雨にさいなまされる日とされている。実際にこの日の前後には台風の襲来が多かったことから気象科学上からも立証されている。
▼ただ、この2、3年というものは豪雨や台風の襲来が早まっているのではないか。昨年は8月9日の本県の大雨被害、そして、今年は広島県などでは8月20日から異常な大雨による土砂崩壊などが発生して70人以上の犠牲者を出している。
▼その後には二百二十日といった厄日が控えているから油断できない。一方で、農家などでは、農作物の作柄や収穫時期を知る季節暦になってきた。野菜や果実が熟すのみならず、クルミや栗などの自然ものの収穫期に入る。食べ物のおいしい季節でもある。
▼猛暑であった今年の夏を無事に乗り越えて、いつものように窓を開けていると、外から涼しげな風が入り込んでいる。暑さのために消化器系統が弱っているのだろうか、よけいに朝夕の涼風が肌に感じる。災害だけでなく、健康管理にも天候・気象は気を付けなければならない。

2014年 8月の天窓へ