2019年6月の天窓


 2019年  6月  30日  ― 「あん」の皮にも拒否反応 ―
 ドリアン助川さんの小説「あん」は河瀬直美監督が映画化。いわくある過去を持つ雇われ店長千太郎とハンセン病患者で施設に隔離された徳江を永瀬正敏さん、樹木希林さんが演じた。千太郎は配給材料をレシピ通り作ったたい焼きを売る。そこに徳江が現れ、うまいあんこの味を伝える。あんの違いの大きさが千太郎を目覚めさせ、徳江は店を手伝うようになる。あんが絶品となって、たい焼きは評判となる
▼ハンセン病患者の隔離政策が家族にも差別が及んだとして、元患者の家族らが国に損害賠償を求めた裁判は28日、賠償を命じる初の裁決が熊本地裁で出た。時効の捉え方なども争点となったが、判決には国が隔離政策を続けたことや差別・偏見を対策への不作為などが判断の要素となったようだ
▼「あん」では隔離施設で生活する徳江の素性が、差別や偏見の悪意で広まり、客足は止まり徳江も店を退く。患者への差別や偏見が店に及ぶことをオーナーは恐れた。憤まんと諦念のない混じった千太郎には、偏見なく接していた客の女子高校生が唯一の味方。彼女の勧めで千太郎が施設を訪れた時の会話では徳江が自由を奪われた無念さを語る
▼患者と同様、家族もまた家庭を営む自由を奪われ、差別と偏見に苦しんでいた。判決を受け、国はいかなる対応をするのか。

 2019年  6月  29日  ― 吉本のすみません ―
 打ち明けると自分も吉本興業と癒着したことがある。岩手県に「住みます芸人」として派遣されている「アンダーエイジ」を雪の河原で取材したとき。
▼漫才だから「何かギャグを決めて写真を撮ろう」と打ち合わせていたが、その場になるとなかなかネタが出ない。次の取材の時間も迫るし、もう寒くて。ハクチョウが1羽やってきた。誰ともなしに「あれ使えないか」と言い出し、自分も焦ってネタ作りに加わった。
▼「ハクチョウにハクション…スワンにすまんなあ…うーん」と煮詰まるうち、「爆笑取りハクチョウ!」とひらめいて、いずれにせよ、あまり面白くないオチにしてしまいました。この場を借りて深くおわびします。
▼吉本芸人らが反社会勢力の集まりに出席していたことが分かり、問題だ。ダウンタウン生みの親である吉本の大崎洋会長が本社を訪れたとき懇談したら、お笑いを地域おこしや復興に役立てようと、実に真摯(しんし)だった。会社外の「闇営業」で売れっ子が踏み外しすぎたのかもしれないが、島田紳助のときあれほどたたかれたのに、現場は腐れ縁を断ち切れないのだろうか。しかも相手は特殊詐欺系で、憎むべきやからだった。
▼住みます芸人は岩手のため一生懸命やっているのだから、「すみません芸人」はちゃんと謹慎してください。 

 2019年  6月  28日  ― きょう開幕のG20 ―
 日本では初開催の20カ国地域首脳会議(G20サミット)は28日、大阪で開幕する。2日間の日程で、公式会議の議題は経済、貿易が中心となる見通し。自国第一主義による保護主義の傾向が見られる中、世界経済に対するスタンスが注目される
▼一方で多数の国家首脳が集結する機会には多くの2国間会談が行われる。議長国の安倍首相もフランス、インド、中国、アメリカなどの複数のトップとの会談を開会前から始めている。ここでは地政、軍事、エネルギー、環境など、あらゆるテーマを持ち出すことも可能だ。当事者国間の懸案課題をピンポイントでトップが話し合える。ゆえに内容に関心が向けられる
▼安倍首相はフランスのマクロン大統領、中国の習近平国家主席とG20開幕前に会談、トランプ大統領とも先月に続き会談する。米中貿易摩擦、イラン情勢、朝鮮半島問題、日米貿易などをはじめ、日本にとって重要な問題に安倍首相が会談を通じどの程度の前進を見いだせるか。日本以外でも米中や米ロなどの対話も気になる。日本の地で結論が出ずとも、次を期待させるだけでも成果となろう
▼残念なのは、日韓の首脳会談が実現しそうにないこと。少なくとも金大中政権以後で最も関係が冷え込んでいる。国内旅行と大差ない両国、G20後でも可能と思うのだが。

 2019年  6月  27日  ― 上田秋成没後210年 ―
 怪異小説の短編集「雨月物語」の作者、上田秋成の没後210年になる
▼5月に亡くなった女優の京マチ子さんは黒澤明監督「羅生門」での演技が有名。個人的には溝口健二監督「雨月物語」での幽玄なスクリーン描写に不可欠で、メーキャップと演技が一も二もなく鮮烈な印象を与えた。原作の短編を組み合わせたシナリオの映画は、主人公源十郎を骨抜きにする若狭役には当時の俳優で彼女ほど説得力あるキャストはなかったのではないか
▼本の雨月(うげつ)の由来は諸説あり、中国や日本の古典が源とされ、妖怪話から雨と月が組み合わされたという世界観からも認めたくなる
▼ところで旧暦5月の呼称は皐月が使われるが、雨月(うづき)の異名もあるそうだ。旧暦5月は夏至のある今時分を前後とした時期で梅雨と重なる。新暦6月は水無月よりも雨月が似つかわしくも思える
▼溝口「雨月物語」は名カメラマン宮川一夫さんの仕事。撮影の革新性や秀逸さをこの場で紹介する必要はないが、舟をこぐシーンの幽玄な映像は妖怪、魔物のすむ異界への通り道を暗示させる
▼生物にとって水は地球に欠くべからざる存在。恵みの存在であるが、時にきばをむく。溝口少年は短期間、盛岡で生活。1910年の盛岡大洪水後に築造された中津川護岸工事の頃だったようだ。

 2019年  6月  26日  ― 文化のノスタルジー ―
 中国、北朝鮮、韓国の話になるときつい書き方で、ずいぶん嫌いなんですねと言われるが、そんなことありません。
▼子どもの頃から日本史より中国史が面白かったし、北朝鮮ウオッチングも昭和時代から続けている。韓流がはやる20年前から「サヌリム」「ソンゴルメ」(韓国のビートルズ、ストーンズに当たる)のレコード聞いて、キムチは大好き。思い入れあるからこそ言いたいんです。
▼日本の良心的な文化人が歴史の問題でアジア諸国を語れば、無力な犠牲者にばかり見立てがちだが、それでは相手の民族に対して健全な敬意は払えない。どんな国にも必ず光と影がある。
▼そこで中劇が上映中の映画「芳華」はとても面白い。毛沢東をたたえる文革の歌舞団の物語。狂える時代に青く切ない恋があり、ヤマ場に40年前の中越戦争の場面がある。さすがに中国軍が侵略したとは描いてないが、悲惨な演出に馮小剛監督の反戦の意志が伝わる。今の中国このくらいは言論と表現の自由が広がっているのかと興味深い。文化大革命さえノスタルジーの悲曲なのだろう。
▼日本では当時「文化薪」「文化包丁」なんて品物あったが、もう聞かない。あ、「文化橋」は中津川にまだありました。「文化人」の尊称はしぶとく残ってるけど、これも早晩レッドデータブック入りかもね。

 2019年  6月  25日  ― 交番から安全の太鼓判 ―
 先日、盛岡市内の交番で道を尋ねたら、小学生の女子2人が連れ立って入ってきた。道で拾った落とし物を届けに。髪を結わえるような輪ゴムだった。警察官として、そんなときが一番うれしいのだろう。とてもめごがって送り出していた。
▼幼稚園の頃、家の前で10円玉を拾い、上ノ橋町の岩繊ビルが建つ前にあった交番に届けた。お巡りさんに「よく持ってきてくれたね」と頭をなでられた記憶がある。自分はだらだら人生を送って大した者にはならなかったが、輪ゴムを届けた女の子は公徳心を胸に、立派な大人になってください。
▼大阪府の交番で若い巡査が襲われて拳銃が奪われ、G20直前の関西に緊張が走った。犯人はかつて盛岡市にも勤務先があった男。と思えば京都府警の特殊詐欺担当の警官が、自分でお年寄りをだまして金を巻き上げたり。神奈川県では実刑が確定した男が逃げ出してつかまった。
▼法の番人しっかりしてくれと思う。世界一と信じていた日本の治安も、がたついてきた。日本の交番は、「KOBAN」として各国が仕組みを導入し、治安の維持には世界の手本となっている。
▼そこに拳銃目当てに押し入るほど、日本人の徳義が低下しているならゆゆしき時代だ。小学生が頼りにする交番から、日本の安全に太鼓判を取り戻さねば。

 2019年  6月  24日  ― 国会閉幕から参院選へ ―
 1月28日に召集された通常国会は今月26日、延長もなく会期を閉じることが確実となった。与野党の対立があり、大臣辞任など政府側の問題はあったが、予算も執行に影響なく成立した。絶対多数を持つ自公政権を揺るがすような力が野党側になかったともいえる
▼参院通常選挙は7月4日公示、21日投開票が確実視される。議席半数の改選となるが、衆院との同日選見送りという状況下、参院で大幅な議席の上乗せをして、数の上でのパワーバランスで与党への圧力を強めたいところだろうか。それゆえの野党統一候補の選択だ
▼国会終盤で国民の大きな関心を呼んだのは年金の問題だった。金融庁からの報告書で、出来上がった当初の麻生財務相兼金融相の発言が急変し、報告書の受理拒否という、国民から見ておかしな事態が起きた。国会論戦でも「報告書がない」と数の優勢もあって野党を突っぱね通せた
▼とはいえ「2000万円不足」は国民の間に深く刻まれた。参院選ではこの試算と政府の対応について、国民感情としてなかったことにはできないとなるはず。選挙運動で有権者と直接触れ合う機会が増大し、与党もだんまりとはいかないのではないか。この国民に広がる不安に対して、各党がビジョンを示すことができれば、参院選に対する関心も高まるだろう。

 2019年  6月  23日  ― 天安門30年の香港デモ ―
 6月の新聞各紙はどの社も天安門事件30年に力を入れていた。
▼事件の1989年ころ入社した記者が、今は編集や論説の上の方になり、当時の衝撃を思い起こして企画したのは分かる。何しろ盛岡タイムス社の友好事業をも揺るがした事件だった。
▼中国では当局の隠ぺいも相まって事件は風化し、若い人は知らないか無関心という。無理からぬことではある。例えばバブルに浮かれディスコで踊り狂っていた89年の日本の男女に、「30年前の三池争議を忘れるな」と言っても、「は?」だったろう。豊かになった中国の青年とて同じことか。
▼しかし繁栄と自由が大陸に埋没しつつある香港人は黙っていない。容疑者の身柄を中国に引き渡す条例に反対して100万人単位のデモが起きた。返還後は1国2制度だが香港は英領だったので、中国にすれば阿片戦争からの欧米支配に復仇(ふっきゅう)し、ユニオンジャックが残した自治など縛り上げたいだろう。
▼だが中国も朝鮮戦争や中越戦争で隣国を侵略し、チベットやウイグルを弾圧し、国民の人権を踏みにじる。戦争と平和において無罪の大国はない。もう中国も世界の良識に照らして振る舞わないと。こんなこと言えば日本人に対しては「でも」と反論したいのは分かるが、それじゃまたどこかで大きなデモだ。
  

 2019年  6月  22日  ― 氷河期世代に生命力 ―
 川崎や次官の事件で引きこもり問題がまた論議されている。
▼先日は10年ほど前から引きこもりのご家族によく相談を受けるようになったと書いた。私ごとき不徳の者を頼りにしてくれるのは、「あなたもそろそろ管理職だろうから、どこか世話して」との含みがあったかもしれないが、お役に立てず申し訳ない。
▼自分が接したケースは1人を除き、卒業して一度も職に就いたことなく30代40代を越えた「就職氷河期世代」の人たち。中に運転免許のない人が何人かいた。東京ではともかく、県内で自動車に乗れないと仕事は大変なので、「まずそこから頑張ろうよ」と言っても、うつむくきりだったり。
▼国の経済財政諮問会議の骨太の方針で、就職氷河期世代を集中支援し、正規雇用30万人増の目標を立てた。包括的な引きこもり対策にもなるだろう。「頭ごなしに説教して無理に引き出すな」という意見や、本県出身の専門家の斎藤環氏のように高度な分析もあるが、やはり本人が勇気を持ち踏み出すきっかけを社会が作らねば。自動車学校に通ってちまたに交わり、資格を取る。世間の最初のハードルに挑ませるため助成などの対策はどうだろう。
▼旧人は氷河期を越えて新人の生命力を得た。厳しい世代の就職も、求人から頼もしい新人が生まれるよう導いて。
  

 2019年  6月  21日  ― 児童虐待防止関連法の改正 ―
 いつどこで起きたか混同してしまう。それほど多くの児童虐待事件が今年も発生している。亡くなってから事件になるケースが大半。不幸極まりない死亡の結末で明らかになるのは、家庭の児童虐待で氷山の一角と誰もが想像できる
▼19日、参院本会議で改正児童虐待防止関連法が全会一致で可決された。児童相談所は虐待の疑われる児童を保護するなどの「介入」と保護者の方の「支援」の両機能を分離し当たることになる。一時保護した児童の保護者への引き渡しは、より厳密、慎重になるだろう
▼死に至る虐待事案では児童相談所がどこかで関わったケースが少なくない。法改正はその不幸な事件を教訓ともされた。保護者が1人の家庭、大人が同調している家庭、配偶者と子どもが虐待を受けている家庭など環境は違えど、特に幼子には家庭や親への帰属意識が他言をはばかる要素となろう。密室、閉鎖的な面の強い家庭内の虐待を把握するのは難しい。学校や医療機関からの通報による確認など虐待を断つ機会があったのではないかと悔やんでも犠牲者はかえらない
▼改正では子どもへの体罰を禁止した。しつけや指導といっても認められなくなる。それでも体罰や虐待は起きるはずだ。外部の援助が必要で、どのように当たるかの選択が重要なことに変わりはない。

 2019年  6月  20日  ― 思い込みに安心は来ない ―
 日本海を震源に、新潟県と山形県を中心とする大地震が18日起こり、多数のけが人が出た。大きな津波による被害がなかったのは幸いだった。県内でも矢巾町が震度4を記録した。前日は中国の四川省でもまた震災があり、多くの死者が出た。被災した方にお見舞い申し上げる。
▼青森県五所川原市に、1983年の日本海中部地震の被災跡を訪れたことがある。秋田県でも大勢が津波にのみ込まれた。太平洋側と違い、秋田では津波の脅威を知らず、逃げないで海を見ていたという。
▼日本海側は津波が来ない、西日本で大地震は起きない、岩手県は大きな台風が来ない―など、かつての世上にあった思い込みはちっとも根拠がない。阪神大震災、本県を襲った台風10号など、あまり備えがない地域に悲劇をもたらした。18日はまさに大阪府北部地震から1年目にあたっていた。
▼東日本大震災まで何度も大津波に見舞われた本県でも、1933年3月3日の昭和三陸のとき、ある土地の古老が、「冬の晴れた日に津波は来ない」と間違った言い伝えを口にし、被害を大きくしたところがあるという。海底の地殻の動きで起きる津波は、季節や天候に関係ない。
▼ゆえのない伝聞、推定、憶測などが悲劇を増幅しないよう天災を正しく理解する。そうしなければ安心は来ない。

 2019年  6月  19日  ― 任期と人気 ―
 増田県政3期目の県議会で、知事の任期問答があった。増田氏は「3期か4期、まあ5期は長いでしょうね」。自民党の元議長がかみついた。下閉伊選出の佐々木俊夫さん。「5期は長いって何ですか!知事」。悪いけど、記者席で笑いをこらえた。きっと議員の皆さんも。「俊夫さん、自分に当てつけだと思って…」。
▼その気を察したか佐々木さん、せき払いしてしゃべりだす。「何もわたしが6期も何期もだから言うんじゃない。政治家はゴールを予告するものでない。それは自分の手足を縛る。いつまでやるか分からないことにしておかないと。立場は違っても老婆心で申し上げる。政治家ならゴールを言っちゃならない」。
▼いつも知事をやりこめたがる長老が、こんこんと問いかける。老婆心、おせっかいと断りつつ、祖父が家族を諭すように。いつしか議席の苦笑いはやみ、そっとうなずいていた。
▼さて政治家が最も世間に問われるものは何だろう。それは政局の手腕や政策より、おそらく人生観だ。首長にも議員にも語る人はあまりいなくなりましたが。
▼達増知事が4選へ表明した。当初2期8年を掲げて改め、目指すは倍の長期政権。その是非は有権者が判断するが、審判にあたってぜひ、知事の人生観を聞いてみたい。さすれば人気は満了すまい。

 2019年  6月  18日  ― プラごみとレジ袋有料化 ―
 慣れには良い面も悪い面もある。慣れは仕事を効率にしたり関係を円滑にしたりするが、高齢者に限らず自動車運転事故などの一因になることもある。仕事や人間関係も過信は禁物だ
▼慣れを考えるきっかけは、レジ袋の有料義務化の経済産業相発言。買い物して無駄なことが多いなと思いつつ、なかなか断らずにレジ袋に入れられた購入品を受け取っている
▼かつて国内メーカーでも小型ペットボトル商品が流通開始となる際、ごみ量増大や環境負荷の観点からの課題を取材した。輸入品の数種以外、国産は大型か、飲み切りの量なら缶や瓶、紙製容器に限られていた。今や種類も多く便利な小型ペットボトルを利用する生活にすっかり慣れてしまった
▼レジ袋有料化は環境面などからすでに実施している企業もあり、導入店を日常的に利用している市民には違和感はないかもしれない。一方で無料のスーパーを行きつけにし、エコバッグを利用していない市民には大きな変化となろう
▼当然ながら本質は、代金を払えば済む問題ではなく、プラスチック製品の流通と不法ごみの発生の抑制にある。地球環境で海洋プラごみ問題が深刻な今、少なくとも不法ごみにならないよう個々が留意して処分することが必要だろう。レジ袋を使わない買い物になるべく早く慣れたいものだ。

 2019年  6月  17日  ― 護送船団方式の誤算 ―
 政治経済を軍事に例えて、首をかしげる語法がある。「護送船団方式」。言い出しっぺは誰なのやら。「業界内で一番のろくさい会社まで保護する国の規制が優良企業の足を引っ張り、世界の潮流に乗り遅れ」なんて文脈に使われる。これはおかしい。
▼かつて日本海軍は派手な艦隊決戦ばかりしたがり、地道な商船の護衛を軽んじた。南方の石油を運ぶタンカーを米潜水艦が狙い撃ち、干上がり始めてやっと本腰を入れた。本県出身の及川古志郎大将を司令に海上護衛総隊を編成。米英をまねて船団護衛に乗り出した。
▼効果はてきめんで、米潜水艦はつかのま退散。「初めからこれをやっていれば」と気付いたときは遅かった。作戦をパクられた米軍は怒ってもっと攻勢を強め、シーレーンは敗戦へと崩壊した。護送船団方式は日本が果たせなかった先進の戦略であった。
▼ペルシャ湾外で日本の会社運航のタンカーが砲撃を受け炎上した。わが国の商船が弾雨にさらされたのは戦後初めて。折しも安倍総理が米国の意を受けた形でイランのハメネイ師を訪問中だった。矢面のホルムズ海峡は中東原油輸入のネックで、有事あらば日本は死活的な石油危機だ。
▼世界どこもかしこも血煙でいやになるが、国民生活と平和を守る政治経済をもって、イラン発の大乱は防がねば。

 2019年  6月  16日  ― 打者大谷翔平の可能性 ―
 二刀流≠ェ昨年の日米を席巻した大谷翔平選手は今年、故障した右ひじの手術で野手に専念。主に指名打者としてシーズン途中から出場している。13日の翔タイムは第1打席で低い弾道のライナーを逆方向に弾いた本塁打の幕開け、大リーグで日本人初のサイクル安打を記録する出色の脚本だった
▼俊足好打で長年在籍して活躍したイチローさんも、長打力があり俊足だった松井秀喜さんも経験していなかった。大谷選手が三塁打も立ったまま到達したのは足の速さの証左だ
▼剣豪宮本武蔵の代名詞とも言える二刀流。武蔵は若いころから2本の刀を使う剣術だったらしい。侍が腰に2本を帯刀するのは一般的で、あるものを最大限に生かす発想だったのだろうか。二刀流を極めていった
▼大谷選手の二刀流はプロ入り後。高校野球で投打ともに主力というのは多いが、プロのレベルでは無理とどちらか一本に絞る。大谷選手の挑戦に対し一本でという評論家らの説が多かったように記憶する。高校生で160`超の球を投げる投手の逸材として世間の注目度は圧倒的だったものの、打者能力を買う野球関係者も多かった。今の打撃を見るとプロの目の確かさを実感させられる
▼やむを得ず打者専念の今季となったが、二刀流ではできない打者シーズンの成績を期待してしまう。

 2019年  6月  15日  ― チケット不正転売禁止法 ―
 野球場やホールなどに入るとき周辺で声を掛けられた経験のある人は多いのではないか。「余ったチケットない?」「入場券買わないか?」いわゆるダフ屋行為だ
▼タレントの熱心なファンはチケットがなくても一目見ようと会場まで行く。そこで売買を持ちかけられたら、正規価格より法外に高くても購入する人がいる。プロ野球の日本シリーズなども大ファンなら大枚を払ってでも見たくなる心理も分からないではない。急用で行けなくなっても払い戻しがかなわなければ別な方法で換金したくなる。だが、非公式な取り引きで差額の利益を得るのを商い≠ニするのは許されない
▼近年インターネットのオンラインで販売するのが当たり前になった。当日の都合は不明でも、まず完売前に入手しようと開始と同時に注文が殺到する。目的のサイトがつながりにくくなる状態は頻繁にある。購入を諦めた数日後には転売希望が表れる。無駄にしないため需要と供給があるのは悪いこととは言えないだろう。半面、発売から短期間での転売は自己都合ではなく最初からの転売目的と疑わざるを得ない。ネットでは自動的に購入画面にアクセスするプログラム「ボット」を用い大量購入する問題も起きている。チケット不正転売禁止法が施行された。防止には求める側の意識も大切だ。
  

 2019年  6月  14日  ― 物言わぬこけしと遺物に ―
 40年程前のこと。暮らしの智恵でこんなことを提案した識者がいた。「伝統こけしは買ったばかりのときはきれいだが、だんだん古ぼけてみっともなくなったらサンドペーパーで表面を削り、木地にパパやママの顔を書こう」。
▼当然、伝統こけしの産地である岩手県内の作者や収集家らは驚いた。「色が古びてみだくないのでなく、渋い風合いになってからこそ民芸の値打ちが出るのだ」「やすりで削り取れとは、名人の絵柄を何と思っているのか」。
▼むろん白むくの「きなきなぼっこ」にだって、そんなことしちゃいけません。ところが識者は善意の発想。反発にあわて、「よかれと思ってのアイデアだったが、大切な価値観をわきまえていなかった」と釈明し、収まったように憶えている。
▼県立博物館が自治体から預かった遺物を無断でサンプルに切り取り、問題となった。毎日新聞がスクープし、文科省も重大視。はたして真意は。岩泉町のひょうたん穴遺跡などで起きた旧石器発掘ねつ造などと違い変な悪意は無かったとしても、文化財は一度壊したら元に戻らない。
▼県立の権威と実績を信頼して預けたのに、勝手なことされたら皆さん怒る。いかに識者とて職分に応じ、越えてはならない矩(のり)がある。こけしの絵と同じく、歴史と文化の過去消してはいけない。

 2019年  6月  13日  ― 非デジタルの味わい ―
 新人記者として取材の仕方から記事の書き方を教わり学ぶと同時に必須だったのがフィルムの現像と焼き付けの技術。現場で撮影した写真の出来は現像が上がるまで分からない。現像ミスで使えなくなる心配もある。暗く蒸し暑い現像室で緊張から汗で手のひらがじんわりとした
▼取材カメラがデジタルに移行し社の現像室が改築でなくなって久しい。社内のアナログ経験者は少数派。撮影の場で画像確認できないこと、デジタル記録媒体のようにシャッター回数を重ねられぬ条件で1コマを撮る経験は集中力と思考力を高めるのに有意義だった
▼富士フイルムは昨年秋に販売終了した白黒フイルムの販売を今秋に再開する。製品は復活ではなく新商品になるという。スマホの性能アップで専用デジタルカメラ市場も厳しい中、アナログはさらに市場が小さい。だが今もフィルムさらには白黒へのこだわりと愛着が強いカメラ愛好者が復活の原動力となった。アナログ写真を見る機会があれば若年にも愛好者も生まれるはずだ
▼デジタル社会と誰もが認識するが、アナログと比較する経験ができないのはもったいない。事実、レコードと針は国内生産が復権、CD誕生後の世代に良さが伝わり復活を支える。デジタル修正の古い映画は見やすいがアナログには異なる味わいがある。

 2019年  6月  12日  ― チャグ馬のサウンドスケープ ―
 今年のチャグチャグ馬コはあいにくの雨だった。その日いとこの結婚式で上京していたら、テレビのニュースで馬コを見た親戚も懐かしがった。盛岡人にはいつまでも郷愁を誘うお祭り。
▼チャグチャグの鈴の音は、環境省の「残したい日本の音風景100選」の一つ。滝沢市、盛岡市、矢巾町でやってみたらと思うのは、チャグ馬の鈴の音の録音。映像記録はよくあるが、音声記録の取り組みはあまり聞いたことがない。これは後世、必ず貴重な文化遺産になる。
▼チャグチャグと一口に言うが、ひづめの音が重なり「シャグポグ」や、「コロリカラン」と響いたり。鈴だけでなく関係者の話、背後にある観客のざわめき、交通整理の声、信号機の音、自動車のエンジン、遠くに鳴る宣伝など、街のノイズも全てマイクで拾う。10年ごとにでも記録し続ければ、時代や世相の変化がよく分かる。100年前の街の音が残っていたら将来みんな聞きたがる。
▼先日インタビューを載せた映画録音技師の瀬川徹夫さんは盛岡市出身で、レコーディングにおいては第一人者。日本サウンドスケープ協会でも活躍しているから意見をうかがい、裸参り、さんさ踊り、舟っこ流し、八幡の山車なども含め、岩手の文化を音で残してはどうだろう。
▼チャグ馬行く、マイクは耳をそばだてて。

 2019年  6月  11日  ― 仙北町の都市伝説 ―
 連載を終えた「もりおか時めぐり」の写真を提供された岩手大名誉教授の横山隆三さんが、叙勲の栄えを機に研究所を閉じる。震災被災地の計測など、工学的な識見で社会に貢献した。連載の協力と併せて感謝したい。
▼最終回の仙北町かいわいで、地元の金沢裕臣さんに話を聞いた。かつて仙北町駅を中心にとても繁華な町で、現在も発展している。しかし「昔の仙北町は北上川舟運の街だったので、盛岡駅開設の話をよそにやってさびれた」と信じ込む人が多い。
▼岡田直氏の地方史研究によると汽車の煙、疫病、流れ者が来るなどの理由で駅に反対した話は多くの城下町にあるが、ほとんど風説らしい。典型例として盛岡を調べれば、東北本線開通前の仙北町では、きっとおらほに盛岡駅だと喜んでいたという。
▼明治初期は荒れ地だった現在地に決まったのは単に地形上の問題だと。誰かが頑迷だったから隣に取られ頭に来るなんて根拠ないのに、そんな話が各地にあるのをいぶかしむ。
▼これは大正以降の地方人が、その時代ごとの苦境に「先代たちが文明の利器に無知だから」と年寄りへ責任を押しつけたがり、いつしか全国に流布していったのでは。どうせ捨て石よと遠ざけたら立派なステーションになっちゃってと、隣町の芝生が青く見えた都市伝説かも。

 2019年  6月  9日  ― トンプソンルーク選手の考え方 ―
 4年前のラグビーワールドカップ(W杯)英国大会、日本は初戦の南アフリカ戦で歴史的大金星を挙げた。その時の主力メンバーであったトンプソンルーク選手の一度は引退していた代表への復帰に驚いた
▼彼は強豪国ニュージーランドから2004年に来日。日本代表として3大会連続でW杯に出場。トップリーグの近鉄に長年在籍し、大阪弁を話す。東大阪の街を自転車で回る人気者だ。10年には日本に帰化した。2度目のW杯に日本人として出場したかったかららしい。ルーク・トンプソンから登録名をわざわざトンプソンルークに改め、子どもに日本名を付けた
▼芝山文科相が先月、日本人の英語表記は名字を先にするよう関係機関に要請する考えを示した。十数年前に国語審議会が本来の順である姓名が望ましいと答申しながら、浸透していない現状を指摘した形。トンプソン選手の例を考えると、日本人としてのアイデンティティーの問題に関わると思わせられる
▼陸上100bで日本人男子2人目の9秒台を記録したサニブラウン・ハキム選手やサッカー日本代表GKのシュミット・ダニエル選手のように片仮名表記あるいは片仮名混じりの日本人アスリートも増えている。日本人しか代表になれないサッカーの代表になったラモス瑠偉さんはどう感じていますか。

 2019年  6月  8日  ― なでしこジャパン再び ―
 東日本大震災のあった2011年、被災地で緊急事態の続く中、被災者に希望と勇気をもたらしたのがなでしこジャパンのサッカーワールドカップ(W杯)初優勝の快挙だった。佐々木則夫監督のほか東北ゆかりの選手も岩清水梓選手をはじめ多く、彼女たちの被災地を思う気持ち自体にも感動させられた
▼15年W杯では米国にリベンジされる形で準優勝に終わった。7日開幕の今年はどんな戦いぶりを見せてくれるだろうか
▼男子のプロ化でJリーグが始まったのは1993年。それまでの日本リーグ時代から飛躍的に関心度が高まり、スタンドの入りが格段に増えたのはご存知の通り。W杯常連国になり、開催国も経験した。海外でプレーする選手も増え成功と言えるだろう
▼Jリーグ効果で女子もいくらか注目度が増した。翌94年などには日本女子リーグの試合が県内でも組まれた。94年の雫石町でのリーグ戦では、現役を退いたが当時10代の澤穂希さんが読売西友に所属し、決勝点となったPKを決めた現場を取材した。大竹七未さん、野田朱美さん、女性初のなでしこ監督となった高倉麻子さんも女子の人気向上に汗。彼女たちが刻んだ歴史があってW杯優勝が実現した
▼だが、なでしこリーグ選手の待遇など環境は依然厳しい。今大会が前進の力になることを願う。

 2019年  6月  7日  ― デパートの追憶 ―
 盛岡市のななっくが閉店する前日、店内の大勢の買い物客に1970年代の川徳デパート時代を思い出した。飛ぶ鳥をあしらった包装紙が懐かしい。
▼テナントはもう撤退し、5階に上がるとしんとしていたが、その昔はおもちゃ売り場。トミカを何台も買ってもらった。売り物の「月の石」をアポロが持ち帰った本物と思っていたら、なんとプラスチックだったり。奥に大食堂があって、お子様ランチが大好き。屋上は遊園地とゲーセンと展望台。中三時代は7階にあったAUNホールでいろんな催しを見た。
▼東日本大震災直後のガス爆発で中三がシャッターを閉じて民事再生。7年前ななっくとして再開。店名は河南商店街の「KANAN」を逆に読めば「NANAK」とは、地域に溶け込んだ良い名前だった。1階や地下は中三の売り場よりはやっていたのに行き詰まった。増築を重ねた建物の正面部分は築後63年たち、耐用年数だったのか。それだけ県民の思い出が詰まった百貨店だった。
▼運営会社は再開発計画を立てるならしっかり。行政や県市議会も地域課題として重く受け止めて。何より地元経済界から「やはり盛岡は河南がにぎわっていなければ」と発奮するリーダーが現れてほしい。
▼KANANの5文字が「経営難」と読まさるようだと、うまぐない。

 2019年  6月  6日  ― 運転時の注意は高齢者以外も ―
 高齢者ドライバーが起こした交通死亡事故。2件3件と続くと大きく取り上げられ、運転の是非が論じられる。交通事故は高齢者ドライバーに限らず日々起きている社会問題だが、連続するとマスコミもそろったように高齢者の観点から報道する。運転に際しては反射神経など身体的衰えへの自覚が求められるべきだし、周囲も高齢者ドライバーに対する意識や注意が求められよう
▼これだけ自動車運転免許所有者が多い世の中、運転技術や意識に大きな差があるのはしかたがない。うまいから安全だとは短絡に思い込んではならない。安全な運転に足る適性を備えているかを問われるのも、年齢に関係ないのが本来だろう。身体のみならず精神面から、例えばあおり運転をする人の適性はいかに
▼今の自動車開発はエコと安全の進化が大きな柱とみる。乗らないのが究極の問題解決だが、大都市圏以外は車のない生活は極めて不便で難しく、環境負荷の低減と危険防止で車の有益さを受け続けたい。衝突防止など安全装備が近年充実。この先一年もしないうちに新たな装備が出てきておかしくない。一般道でもフルタイム自動運転走行という時代が来るのではと想像できる
▼安全装備の進化はありがたいが、自分への過信、装備への過信は全ドライバーに共通する注意点だろう。

 2019年  6月  5日  ― 6・4の中国ロック ―
 子どもの頃からメジャーよりマイナー好み。軍艦オタクのくせ勇ましい日米英独の艦隊より、弱っちいイタリアとフランスの戦艦が大好き。「丸」「世界の艦船」をひねもす眺めたものだ。
▼ロックを聞けば米英の流行に耳は傾けたが、物好きにソ連と韓国のバンドのLPを集め悦にいっていた。おそらく盛岡で一人だったろう。すると当然、中国のロックも聞きたい。さすがに五星紅旗にはあるまいかと思っているうち、1982年に衝撃的な記事が。
▼香港に近い広州の愚連隊がストーンズにかぶれ、人民服でやさぐれて「ドラゴンズ」を組み、毛沢東に毒づいて投獄された。しかし密かに録音が流出し、英国のレーベルが世界発売すると。さっそく近くの東山堂楽器でレコードを求め、息を殺して針を落とせば、鼓笛隊ノリで演奏が鳴り出し、思わず吹き出した。
▼次に中国ロックを聞いたのは89年の天安門事件のとき。北京の「崔健」というミュージシャンが学生をあおっていた。東京の専門店に頼みLPを入手してショック。あまり好きなタイプではなかったが、もう日本の浜田省吾や尾崎豊レベルの音に達していた。
▼ドラゴンズを弾圧してからわずか7年でこれほどバンドが進歩するとは。それだけ中国の若者が目覚めていたのだ。以来30年の反動やいかに。

 2019年  6月  4日  ― 自信の足技も足蹴にしては ―
 ハンドが反則のサッカーはボールに手以外のどこで触れてもいいが、手を使えないもどかしさに勝つスポーツともいえる。自陣ゴール前でハンドを取られようものなら1失点は覚悟しなければならない
▼半面、選手はルールの中で体力や筋力の他に足技を磨き、ヘディングや胸トラップなどの練習を重ね能力を上げていく。トップ選手のパスやドリブル、シュートなどのキック、スライディングタックルにはほれぼれさせられる
▼そんな足技を磨いている選手だが、韓国チームの選手の足が国際大会で批判される事態を招いたのは残念。中国で行われた国際ユース大会で優勝した韓国に贈られたパンダカップに選手が足を乗せる写真がネットで公開され非難された。中国の協会は韓国チームへ抗議し、チームの選手らが謝罪するも、トロフィーは?奪となった
▼世界のサッカーも年代別カテゴリーがあり、10代半ばで世界大会に出場する機会がある。そんな大会で活躍する逸材は、10代で欧州や南米のトップリーグのチームでレギュラーになる。きょうで18歳の日本代表、久保建英選手のような若者が強豪国の代表にいるのは当たり前だ。将来を嘱望される若手代表がプレー以外でつぶされるのは損失。大人になる途上にあり、人間性や礼節なども同時に磨かなければならない。

 2019年  6月  3日  ― 天安門事件から30年 ―
 4日で1989年の天安門事件から30年。本社に重大な影響があった。第1回日中友好の翼が中止。「楽しみにしていたのに」「こんなとき行ったら危ない」と、関係者の緊迫を覚えている。
▼中華人民共和国の成立を考えれば、日本軍と国民党を追い出すまでは偉大な国父だった毛沢東がのち、数千万人を死に追いやったと言われる暴君と化したのはなぜか。ものの本を読めば難しい説明はあるが、「乱世の英雄すなわち治世の名君にあらず」ということだろう。
▼毛沢東は天才的な巨人だったが、頭の中は政略と軍事でいっぱい。いったん世が治まればマネジメント能力が求められる。しかし英雄はえてして、収支決算や累積赤字のたぐいの帳簿の巻にピンと来ないもの。すると事務屋さんが幅を利かせる。劉少奇やケ小平ら実権派だ。面白くない、夢よもう一度と乱世が恋しくなる。
▼中国史はこの繰り返し。ケ小平もそのわなから逃れられなかった。文革でめちゃくちゃになった国を命がけで再建し、「四つの現代化」で人民の腹を満たしたのに、もっと自由だ言論だと聞き分けないやつらめと、天安門広場の学生を戦車で押しつぶした。
▼習近平は今年の五・四運動百年は革命的と祝ったようだが、30年目の「6・4」を無視していては、やはり超大国の夢は遠いだろう。

 2019年  6月  2日  ― ななっくの閉店と河南地区 ―
 デパートとして昭和の川徳時代から続いた中ノ橋通のかの建物がきょうのななっく閉店で幕を下ろす。現代感覚ではさほど大きな建物ではないが、肴町あるいは河南の核店舗として地域経済を動かしてきただけに影響は不可避。問題はどの程度になるか。あまり打撃にならなければいいが
▼先に更地になった盛岡バスセンター跡地は新センター整備基本計画案までこぎ着けた。だが、開業を目指す21年までには約2年間ある。新センターへの期待はあるとしても、核だった2施設がない状態でいかに地域へ人の流れを呼べるか、地域の事業者は頭を悩ませていることと思う
▼郊外型店舗が増え、中心市街地が厳しい状況になったのは十数年も前からだが、肴町付近は根強い客層をつかみ、一定程度の客が来ている。2施設が不在の中で肴町ファンを失わない策が重要となろう。なぜ肴町に来てくれるのかを分析し、不在を補う工夫をしていかなければ離れかねない
▼ななっく跡の再開発は気になるところだが、現有施設のプラザおでってをもっと地域経済に活用できないかと、入居店舗の撤退や募集の報に触れるたびに思ってきた。新センター開業までに今より存在感を高めることが河南のためにもなるはず。再開発が出そろったとき今地域の基盤が強固になるようにと願う。

 2019年  6月  1日  ― 裁判員裁判制度10年に ―
 今年は裁判員制度開始10年。法廷はとても様変わりしたという。以前の裁判は傍聴しても分かりにくかった。こちらが法律に暗く、何でも「まあまあ」となあなあな性格だからいけないのだろうが、検察側にも弁護側にも付いていけないことがあって。
▼盛岡地裁の公判の取材で被告が知人だったりすると、検事さんの追及が厳しすぎ、いくら起訴されたといえ気の毒で見てられない。花形の地検で数々の過ちが明るみになり、特捜を「世直し大明神」なんてあがめるマスコミはなくなったが、やはり検察おっかない。
▼弁護側も反権力の信念にこりかたまり、加害側にイデオロギー的な肩入れをしたり、いわゆる人権派の看板が世間の良識に合わなくなった。
▼よほど大事件でなければ傍聴席は空いているだろうが、興味本位で見に行くものじゃあるまいし、一般人にとっての法廷は、近づきがたい法曹のインサイダーによる密室劇だった。裁判員制度が始まり、市民を迎えやすくするためにも公判の可視化が進んだ。
▼裁判員の皆さんが被告人や証人の発言に接し、事件の背景、当事者の境遇、刑の重さに思いを致せば、社会の治安の向上にきっと役立つ。法のプロによるインサイダー的な審理から、開かれた裁判員裁判へ。市民の目で法の正義が実現されるよう願う。

2019年5月の天窓へ