2019年6月の天窓


 2019年  6月  18日  ― プラごみとレジ袋有料化 ―
 慣れには良い面も悪い面もある。慣れは仕事を効率にしたり関係を円滑にしたりするが、高齢者に限らず自動車運転事故などの一因になることもある。仕事や人間関係も過信は禁物だ
▼慣れを考えるきっかけは、レジ袋の有料義務化の経済産業相発言。買い物して無駄なことが多いなと思いつつ、なかなか断らずにレジ袋に入れられた購入品を受け取っている
▼かつて国内メーカーでも小型ペットボトル商品が流通開始となる際、ごみ量増大や環境負荷の観点からの課題を取材した。輸入品の数種以外、国産は大型か、飲み切りの量なら缶や瓶、紙製容器に限られていた。今や種類も多く便利な小型ペットボトルを利用する生活にすっかり慣れてしまった
▼レジ袋有料化は環境面などからすでに実施している企業もあり、導入店を日常的に利用している市民には違和感はないかもしれない。一方で無料のスーパーを行きつけにし、エコバッグを利用していない市民には大きな変化となろう
▼当然ながら本質は、代金を払えば済む問題ではなく、プラスチック製品の流通と不法ごみの発生の抑制にある。地球環境で海洋プラごみ問題が深刻な今、少なくとも不法ごみにならないよう個々が留意して処分することが必要だろう。レジ袋を使わない買い物になるべく早く慣れたいものだ。

 2019年  6月  17日  ― 護送船団方式の誤算 ―
 政治経済を軍事に例えて、首をかしげる語法がある。「護送船団方式」。言い出しっぺは誰なのやら。「業界内で一番のろくさい会社まで保護する国の規制が優良企業の足を引っ張り、世界の潮流に乗り遅れ」なんて文脈に使われる。これはおかしい。
▼かつて日本海軍は派手な艦隊決戦ばかりしたがり、地道な商船の護衛を軽んじた。南方の石油を運ぶタンカーを米潜水艦が狙い撃ち、干上がり始めてやっと本腰を入れた。本県出身の及川古志郎大将を司令に海上護衛総隊を編成。米英をまねて船団護衛に乗り出した。
▼効果はてきめんで、米潜水艦はつかのま退散。「初めからこれをやっていれば」と気付いたときは遅かった。作戦をパクられた米軍は怒ってもっと攻勢を強め、シーレーンは敗戦へと崩壊した。護送船団方式は日本が果たせなかった先進の戦略であった。
▼ペルシャ湾外で日本の会社運航のタンカーが砲撃を受け炎上した。わが国の商船が弾雨にさらされたのは戦後初めて。折しも安倍総理が米国の意を受けた形でイランのハメネイ師を訪問中だった。矢面のホルムズ海峡は中東原油輸入のネックで、有事あらば日本は死活的な石油危機だ。
▼世界どこもかしこも血煙でいやになるが、国民生活と平和を守る政治経済をもって、イラン発の大乱は防がねば。

 2019年  6月  16日  ― 打者大谷翔平の可能性 ―
 二刀流≠ェ昨年の日米を席巻した大谷翔平選手は今年、故障した右ひじの手術で野手に専念。主に指名打者としてシーズン途中から出場している。13日の翔タイムは第1打席で低い弾道のライナーを逆方向に弾いた本塁打の幕開け、大リーグで日本人初のサイクル安打を記録する出色の脚本だった
▼俊足好打で長年在籍して活躍したイチローさんも、長打力があり俊足だった松井秀喜さんも経験していなかった。大谷選手が三塁打も立ったまま到達したのは足の速さの証左だ
▼剣豪宮本武蔵の代名詞とも言える二刀流。武蔵は若いころから2本の刀を使う剣術だったらしい。侍が腰に2本を帯刀するのは一般的で、あるものを最大限に生かす発想だったのだろうか。二刀流を極めていった
▼大谷選手の二刀流はプロ入り後。高校野球で投打ともに主力というのは多いが、プロのレベルでは無理とどちらか一本に絞る。大谷選手の挑戦に対し一本でという評論家らの説が多かったように記憶する。高校生で160`超の球を投げる投手の逸材として世間の注目度は圧倒的だったものの、打者能力を買う野球関係者も多かった。今の打撃を見るとプロの目の確かさを実感させられる
▼やむを得ず打者専念の今季となったが、二刀流ではできない打者シーズンの成績を期待してしまう。

 2019年  6月  15日  ― チケット不正転売禁止法 ―
 野球場やホールなどに入るとき周辺で声を掛けられた経験のある人は多いのではないか。「余ったチケットない?」「入場券買わないか?」いわゆるダフ屋行為だ
▼タレントの熱心なファンはチケットがなくても一目見ようと会場まで行く。そこで売買を持ちかけられたら、正規価格より法外に高くても購入する人がいる。プロ野球の日本シリーズなども大ファンなら大枚を払ってでも見たくなる心理も分からないではない。急用で行けなくなっても払い戻しがかなわなければ別な方法で換金したくなる。だが、非公式な取り引きで差額の利益を得るのを商い≠ニするのは許されない
▼近年インターネットのオンラインで販売するのが当たり前になった。当日の都合は不明でも、まず完売前に入手しようと開始と同時に注文が殺到する。目的のサイトがつながりにくくなる状態は頻繁にある。購入を諦めた数日後には転売希望が表れる。無駄にしないため需要と供給があるのは悪いこととは言えないだろう。半面、発売から短期間での転売は自己都合ではなく最初からの転売目的と疑わざるを得ない。ネットでは自動的に購入画面にアクセスするプログラム「ボット」を用い大量購入する問題も起きている。チケット不正転売禁止法が施行された。防止には求める側の意識も大切だ。
  

 2019年  6月  14日  ― 物言わぬこけしと遺物に ―
 40年程前のこと。暮らしの智恵でこんなことを提案した識者がいた。「伝統こけしは買ったばかりのときはきれいだが、だんだん古ぼけてみっともなくなったらサンドペーパーで表面を削り、木地にパパやママの顔を書こう」。
▼当然、伝統こけしの産地である岩手県内の作者や収集家らは驚いた。「色が古びてみだくないのでなく、渋い風合いになってからこそ民芸の値打ちが出るのだ」「やすりで削り取れとは、名人の絵柄を何と思っているのか」。
▼むろん白むくの「きなきなぼっこ」にだって、そんなことしちゃいけません。ところが識者は善意の発想。反発にあわて、「よかれと思ってのアイデアだったが、大切な価値観をわきまえていなかった」と釈明し、収まったように憶えている。
▼県立博物館が自治体から預かった遺物を無断でサンプルに切り取り、問題となった。毎日新聞がスクープし、文科省も重大視。はたして真意は。岩泉町のひょうたん穴遺跡などで起きた旧石器発掘ねつ造などと違い変な悪意は無かったとしても、文化財は一度壊したら元に戻らない。
▼県立の権威と実績を信頼して預けたのに、勝手なことされたら皆さん怒る。いかに識者とて職分に応じ、越えてはならない矩(のり)がある。こけしの絵と同じく、歴史と文化の過去消してはいけない。

 2019年  6月  13日  ― 非デジタルの味わい ―
 新人記者として取材の仕方から記事の書き方を教わり学ぶと同時に必須だったのがフィルムの現像と焼き付けの技術。現場で撮影した写真の出来は現像が上がるまで分からない。現像ミスで使えなくなる心配もある。暗く蒸し暑い現像室で緊張から汗で手のひらがじんわりとした
▼取材カメラがデジタルに移行し社の現像室が改築でなくなって久しい。社内のアナログ経験者は少数派。撮影の場で画像確認できないこと、デジタル記録媒体のようにシャッター回数を重ねられぬ条件で1コマを撮る経験は集中力と思考力を高めるのに有意義だった
▼富士フイルムは昨年秋に販売終了した白黒フイルムの販売を今秋に再開する。製品は復活ではなく新商品になるという。スマホの性能アップで専用デジタルカメラ市場も厳しい中、アナログはさらに市場が小さい。だが今もフィルムさらには白黒へのこだわりと愛着が強いカメラ愛好者が復活の原動力となった。アナログ写真を見る機会があれば若年にも愛好者も生まれるはずだ
▼デジタル社会と誰もが認識するが、アナログと比較する経験ができないのはもったいない。事実、レコードと針は国内生産が復権、CD誕生後の世代に良さが伝わり復活を支える。デジタル修正の古い映画は見やすいがアナログには異なる味わいがある。

 2019年  6月  12日  ― チャグ馬のサウンドスケープ ―
 今年のチャグチャグ馬コはあいにくの雨だった。その日いとこの結婚式で上京していたら、テレビのニュースで馬コを見た親戚も懐かしがった。盛岡人にはいつまでも郷愁を誘うお祭り。
▼チャグチャグの鈴の音は、環境省の「残したい日本の音風景100選」の一つ。滝沢市、盛岡市、矢巾町でやってみたらと思うのは、チャグ馬の鈴の音の録音。映像記録はよくあるが、音声記録の取り組みはあまり聞いたことがない。これは後世、必ず貴重な文化遺産になる。
▼チャグチャグと一口に言うが、ひづめの音が重なり「シャグポグ」や、「コロリカラン」と響いたり。鈴だけでなく関係者の話、背後にある観客のざわめき、交通整理の声、信号機の音、自動車のエンジン、遠くに鳴る宣伝など、街のノイズも全てマイクで拾う。10年ごとにでも記録し続ければ、時代や世相の変化がよく分かる。100年前の街の音が残っていたら将来みんな聞きたがる。
▼先日インタビューを載せた映画録音技師の瀬川徹夫さんは盛岡市出身で、レコーディングにおいては第一人者。日本サウンドスケープ協会でも活躍しているから意見をうかがい、裸参り、さんさ踊り、舟っこ流し、八幡の山車なども含め、岩手の文化を音で残してはどうだろう。
▼チャグ馬行く、マイクは耳をそばだてて。

 2019年  6月  11日  ― 仙北町の都市伝説 ―
 連載を終えた「もりおか時めぐり」の写真を提供された岩手大名誉教授の横山隆三さんが、叙勲の栄えを機に研究所を閉じる。震災被災地の計測など、工学的な識見で社会に貢献した。連載の協力と併せて感謝したい。
▼最終回の仙北町かいわいで、地元の金沢裕臣さんに話を聞いた。かつて仙北町駅を中心にとても繁華な町で、現在も発展している。しかし「昔の仙北町は北上川舟運の街だったので、盛岡駅開設の話をよそにやってさびれた」と信じ込む人が多い。
▼岡田直氏の地方史研究によると汽車の煙、疫病、流れ者が来るなどの理由で駅に反対した話は多くの城下町にあるが、ほとんど風説らしい。典型例として盛岡を調べれば、東北本線開通前の仙北町では、きっとおらほに盛岡駅だと喜んでいたという。
▼明治初期は荒れ地だった現在地に決まったのは単に地形上の問題だと。誰かが頑迷だったから隣に取られ頭に来るなんて根拠ないのに、そんな話が各地にあるのをいぶかしむ。
▼これは大正以降の地方人が、その時代ごとの苦境に「先代たちが文明の利器に無知だから」と年寄りへ責任を押しつけたがり、いつしか全国に流布していったのでは。どうせ捨て石よと遠ざけたら立派なステーションになっちゃってと、隣町の芝生が青く見えた都市伝説かも。

 2019年  6月  9日  ― トンプソンルーク選手の考え方 ―
 4年前のラグビーワールドカップ(W杯)英国大会、日本は初戦の南アフリカ戦で歴史的大金星を挙げた。その時の主力メンバーであったトンプソンルーク選手の一度は引退していた代表への復帰に驚いた
▼彼は強豪国ニュージーランドから2004年に来日。日本代表として3大会連続でW杯に出場。トップリーグの近鉄に長年在籍し、大阪弁を話す。東大阪の街を自転車で回る人気者だ。10年には日本に帰化した。2度目のW杯に日本人として出場したかったかららしい。ルーク・トンプソンから登録名をわざわざトンプソンルークに改め、子どもに日本名を付けた
▼芝山文科相が先月、日本人の英語表記は名字を先にするよう関係機関に要請する考えを示した。十数年前に国語審議会が本来の順である姓名が望ましいと答申しながら、浸透していない現状を指摘した形。トンプソン選手の例を考えると、日本人としてのアイデンティティーの問題に関わると思わせられる
▼陸上100bで日本人男子2人目の9秒台を記録したサニブラウン・ハキム選手やサッカー日本代表GKのシュミット・ダニエル選手のように片仮名表記あるいは片仮名混じりの日本人アスリートも増えている。日本人しか代表になれないサッカーの代表になったラモス瑠偉さんはどう感じていますか。

 2019年  6月  8日  ― なでしこジャパン再び ―
 東日本大震災のあった2011年、被災地で緊急事態の続く中、被災者に希望と勇気をもたらしたのがなでしこジャパンのサッカーワールドカップ(W杯)初優勝の快挙だった。佐々木則夫監督のほか東北ゆかりの選手も岩清水梓選手をはじめ多く、彼女たちの被災地を思う気持ち自体にも感動させられた
▼15年W杯では米国にリベンジされる形で準優勝に終わった。7日開幕の今年はどんな戦いぶりを見せてくれるだろうか
▼男子のプロ化でJリーグが始まったのは1993年。それまでの日本リーグ時代から飛躍的に関心度が高まり、スタンドの入りが格段に増えたのはご存知の通り。W杯常連国になり、開催国も経験した。海外でプレーする選手も増え成功と言えるだろう
▼Jリーグ効果で女子もいくらか注目度が増した。翌94年などには日本女子リーグの試合が県内でも組まれた。94年の雫石町でのリーグ戦では、現役を退いたが当時10代の澤穂希さんが読売西友に所属し、決勝点となったPKを決めた現場を取材した。大竹七未さん、野田朱美さん、女性初のなでしこ監督となった高倉麻子さんも女子の人気向上に汗。彼女たちが刻んだ歴史があってW杯優勝が実現した
▼だが、なでしこリーグ選手の待遇など環境は依然厳しい。今大会が前進の力になることを願う。

 2019年  6月  7日  ― デパートの追憶 ―
 盛岡市のななっくが閉店する前日、店内の大勢の買い物客に1970年代の川徳デパート時代を思い出した。飛ぶ鳥をあしらった包装紙が懐かしい。
▼テナントはもう撤退し、5階に上がるとしんとしていたが、その昔はおもちゃ売り場。トミカを何台も買ってもらった。売り物の「月の石」をアポロが持ち帰った本物と思っていたら、なんとプラスチックだったり。奥に大食堂があって、お子様ランチが大好き。屋上は遊園地とゲーセンと展望台。中三時代は7階にあったAUNホールでいろんな催しを見た。
▼東日本大震災直後のガス爆発で中三がシャッターを閉じて民事再生。7年前ななっくとして再開。店名は河南商店街の「KANAN」を逆に読めば「NANAK」とは、地域に溶け込んだ良い名前だった。1階や地下は中三の売り場よりはやっていたのに行き詰まった。増築を重ねた建物の正面部分は築後63年たち、耐用年数だったのか。それだけ県民の思い出が詰まった百貨店だった。
▼運営会社は再開発計画を立てるならしっかり。行政や県市議会も地域課題として重く受け止めて。何より地元経済界から「やはり盛岡は河南がにぎわっていなければ」と発奮するリーダーが現れてほしい。
▼KANANの5文字が「経営難」と読まさるようだと、うまぐない。

 2019年  6月  6日  ― 運転時の注意は高齢者以外も ―
 高齢者ドライバーが起こした交通死亡事故。2件3件と続くと大きく取り上げられ、運転の是非が論じられる。交通事故は高齢者ドライバーに限らず日々起きている社会問題だが、連続するとマスコミもそろったように高齢者の観点から報道する。運転に際しては反射神経など身体的衰えへの自覚が求められるべきだし、周囲も高齢者ドライバーに対する意識や注意が求められよう
▼これだけ自動車運転免許所有者が多い世の中、運転技術や意識に大きな差があるのはしかたがない。うまいから安全だとは短絡に思い込んではならない。安全な運転に足る適性を備えているかを問われるのも、年齢に関係ないのが本来だろう。身体のみならず精神面から、例えばあおり運転をする人の適性はいかに
▼今の自動車開発はエコと安全の進化が大きな柱とみる。乗らないのが究極の問題解決だが、大都市圏以外は車のない生活は極めて不便で難しく、環境負荷の低減と危険防止で車の有益さを受け続けたい。衝突防止など安全装備が近年充実。この先一年もしないうちに新たな装備が出てきておかしくない。一般道でもフルタイム自動運転走行という時代が来るのではと想像できる
▼安全装備の進化はありがたいが、自分への過信、装備への過信は全ドライバーに共通する注意点だろう。

 2019年  6月  5日  ― 6・4の中国ロック ―
 子どもの頃からメジャーよりマイナー好み。軍艦オタクのくせ勇ましい日米英独の艦隊より、弱っちいイタリアとフランスの戦艦が大好き。「丸」「世界の艦船」をひねもす眺めたものだ。
▼ロックを聞けば米英の流行に耳は傾けたが、物好きにソ連と韓国のバンドのLPを集め悦にいっていた。おそらく盛岡で一人だったろう。すると当然、中国のロックも聞きたい。さすがに五星紅旗にはあるまいかと思っているうち、1982年に衝撃的な記事が。
▼香港に近い広州の愚連隊がストーンズにかぶれ、人民服でやさぐれて「ドラゴンズ」を組み、毛沢東に毒づいて投獄された。しかし密かに録音が流出し、英国のレーベルが世界発売すると。さっそく近くの東山堂楽器でレコードを求め、息を殺して針を落とせば、鼓笛隊ノリで演奏が鳴り出し、思わず吹き出した。
▼次に中国ロックを聞いたのは89年の天安門事件のとき。北京の「崔健」というミュージシャンが学生をあおっていた。東京の専門店に頼みLPを入手してショック。あまり好きなタイプではなかったが、もう日本の浜田省吾や尾崎豊レベルの音に達していた。
▼ドラゴンズを弾圧してからわずか7年でこれほどバンドが進歩するとは。それだけ中国の若者が目覚めていたのだ。以来30年の反動やいかに。

 2019年  6月  4日  ― 自信の足技も足蹴にしては ―
 ハンドが反則のサッカーはボールに手以外のどこで触れてもいいが、手を使えないもどかしさに勝つスポーツともいえる。自陣ゴール前でハンドを取られようものなら1失点は覚悟しなければならない
▼半面、選手はルールの中で体力や筋力の他に足技を磨き、ヘディングや胸トラップなどの練習を重ね能力を上げていく。トップ選手のパスやドリブル、シュートなどのキック、スライディングタックルにはほれぼれさせられる
▼そんな足技を磨いている選手だが、韓国チームの選手の足が国際大会で批判される事態を招いたのは残念。中国で行われた国際ユース大会で優勝した韓国に贈られたパンダカップに選手が足を乗せる写真がネットで公開され非難された。中国の協会は韓国チームへ抗議し、チームの選手らが謝罪するも、トロフィーは?奪となった
▼世界のサッカーも年代別カテゴリーがあり、10代半ばで世界大会に出場する機会がある。そんな大会で活躍する逸材は、10代で欧州や南米のトップリーグのチームでレギュラーになる。きょうで18歳の日本代表、久保建英選手のような若者が強豪国の代表にいるのは当たり前だ。将来を嘱望される若手代表がプレー以外でつぶされるのは損失。大人になる途上にあり、人間性や礼節なども同時に磨かなければならない。

 2019年  6月  3日  ― 天安門事件から30年 ―
 4日で1989年の天安門事件から30年。本社に重大な影響があった。第1回日中友好の翼が中止。「楽しみにしていたのに」「こんなとき行ったら危ない」と、関係者の緊迫を覚えている。
▼中華人民共和国の成立を考えれば、日本軍と国民党を追い出すまでは偉大な国父だった毛沢東がのち、数千万人を死に追いやったと言われる暴君と化したのはなぜか。ものの本を読めば難しい説明はあるが、「乱世の英雄すなわち治世の名君にあらず」ということだろう。
▼毛沢東は天才的な巨人だったが、頭の中は政略と軍事でいっぱい。いったん世が治まればマネジメント能力が求められる。しかし英雄はえてして、収支決算や累積赤字のたぐいの帳簿の巻にピンと来ないもの。すると事務屋さんが幅を利かせる。劉少奇やケ小平ら実権派だ。面白くない、夢よもう一度と乱世が恋しくなる。
▼中国史はこの繰り返し。ケ小平もそのわなから逃れられなかった。文革でめちゃくちゃになった国を命がけで再建し、「四つの現代化」で人民の腹を満たしたのに、もっと自由だ言論だと聞き分けないやつらめと、天安門広場の学生を戦車で押しつぶした。
▼習近平は今年の五・四運動百年は革命的と祝ったようだが、30年目の「6・4」を無視していては、やはり超大国の夢は遠いだろう。

 2019年  6月  2日  ― ななっくの閉店と河南地区 ―
 デパートとして昭和の川徳時代から続いた中ノ橋通のかの建物がきょうのななっく閉店で幕を下ろす。現代感覚ではさほど大きな建物ではないが、肴町あるいは河南の核店舗として地域経済を動かしてきただけに影響は不可避。問題はどの程度になるか。あまり打撃にならなければいいが
▼先に更地になった盛岡バスセンター跡地は新センター整備基本計画案までこぎ着けた。だが、開業を目指す21年までには約2年間ある。新センターへの期待はあるとしても、核だった2施設がない状態でいかに地域へ人の流れを呼べるか、地域の事業者は頭を悩ませていることと思う
▼郊外型店舗が増え、中心市街地が厳しい状況になったのは十数年も前からだが、肴町付近は根強い客層をつかみ、一定程度の客が来ている。2施設が不在の中で肴町ファンを失わない策が重要となろう。なぜ肴町に来てくれるのかを分析し、不在を補う工夫をしていかなければ離れかねない
▼ななっく跡の再開発は気になるところだが、現有施設のプラザおでってをもっと地域経済に活用できないかと、入居店舗の撤退や募集の報に触れるたびに思ってきた。新センター開業までに今より存在感を高めることが河南のためにもなるはず。再開発が出そろったとき今地域の基盤が強固になるようにと願う。

 2019年  6月  1日  ― 裁判員裁判制度10年に ―
 今年は裁判員制度開始10年。法廷はとても様変わりしたという。以前の裁判は傍聴しても分かりにくかった。こちらが法律に暗く、何でも「まあまあ」となあなあな性格だからいけないのだろうが、検察側にも弁護側にも付いていけないことがあって。
▼盛岡地裁の公判の取材で被告が知人だったりすると、検事さんの追及が厳しすぎ、いくら起訴されたといえ気の毒で見てられない。花形の地検で数々の過ちが明るみになり、特捜を「世直し大明神」なんてあがめるマスコミはなくなったが、やはり検察おっかない。
▼弁護側も反権力の信念にこりかたまり、加害側にイデオロギー的な肩入れをしたり、いわゆる人権派の看板が世間の良識に合わなくなった。
▼よほど大事件でなければ傍聴席は空いているだろうが、興味本位で見に行くものじゃあるまいし、一般人にとっての法廷は、近づきがたい法曹のインサイダーによる密室劇だった。裁判員制度が始まり、市民を迎えやすくするためにも公判の可視化が進んだ。
▼裁判員の皆さんが被告人や証人の発言に接し、事件の背景、当事者の境遇、刑の重さに思いを致せば、社会の治安の向上にきっと役立つ。法のプロによるインサイダー的な審理から、開かれた裁判員裁判へ。市民の目で法の正義が実現されるよう願う。

2019年5月の天窓へ